第104話 或る所の浦島

 ハッと、目を覚ました。

 直後、眩い光が盛んに目に入ろうとするので、目を何度も瞑った。

 手を握りしめ、実感しようとして気付いた。


「…は?なんだよ、これ…」


 身体中は血で濡れていた。

 恐らく、これは返り血だ。

 爪を使ったのか。手に行くにあたりそれは更に赤黒く残っている。


 一体、どれほどの悲鳴が、その裏にどれほどの物語があったのか。

 知る由もないのだが…これは。


「おぉ、起きたか」


 心臓がさらに大きく跳ね上がった。

 こんなの心臓に悪すぎる。


 目が覚めて少したって気づいたのだが、ここは船の上だ。

 恐らく、自家製のボート。


 この人物はさしづめ、その持ち主と言ったところだろうか。


「なんで俺を乗せたんだ?こんな姿の俺を…というか、なぜ俺はこんな所にいるんだ?

 怖くなかったのか?こんな俺を乗せるのが」


「それが俺のミッションさ。メイを隔離する。それが俺のミッション。つーか、覚えてないのか?さっき激闘繰り広げたじゃんか。こいつで一発だったがな」


 彼は自慢げにそれを見せた。


「それは…?」


「これか?現代の最先端の科学技術でしっかり強化されたスタンガン。大体の生物はこれでしばらく気絶だぜ」


 どうやら、そのバチバチとなるスタンガンで気絶させられていたらしい。

 あの状態のセンを、いや、多分油断していたかもしれないが。

 それでも気絶させることが出来るなんて、相当な物なんだろう。



 ◆



 しばらく、会話は何も起きず、船の音だけがその場を占めていた。


「そういえば、あなたって一体…?」


「忘れちまったか?ま、無理もねぇか。もう、何十年も経っちまったしな」


 何十年。

 その事実は、間違いなく俺を動揺させるものだった。

 しかし、これは親友から実は事前に聞いてある。


 間違いなく、相当な年月が経ったのだ、と。

 ただ、そのブランクは大きかった。

 社会生活、そして順風満帆な生活の謳歌…残念ながら、俺にはそれが出来なかったようだ。


「…そうか」


「ま、ジャパリパークに着いたらおいおい話していこうぜ」


「…って、ジャパリパークに向かってるんですか?」


「そうだぞ。パークは何よりも安全な場所だからな。…というか、敬語は使わなくていいぞ」


「あ、あぁ」


 一旦、辺りを見回してみる。

 それは大海原だ。

 青い青い海水がそこらを占めていて、周りには何も無い。

 この船のスピードは速いので、そんな景色がどんどんすぎていく。


 少し目を凝らせば、水中にフレンズらしきものも見える。


「…ん、なんか忘れてると思ったら。名乗るの忘れてたな」


 彼は振り向かず、言った。


「テルアだ。…本名ではない。覚えてくれてると嬉しいがな」


「…テルア?」


 それはカエデの弟であるテルアだった。

 同時に、それは偽名であると理解する。


「そう、テルアだ」


「…実名じゃ、なかったのか?」


「コードネーム的なもんだよ、そっちの方がカッコイイだろ?」


「じゃあ、なぜこのタイミングでバラしたの?」


「…気分だよ気分、どーせ味方だ、バラしても損は無いだろ」


「バラすもんじゃない気もするけどなぁ…」


 彼は昔からそんな性格だった。

 いや、数回しか関わったことがないのだが、それがよく分かるほど彼は雑であった。

 それは今になっても引き継がれている。


 彼は…年相応、いや何歳か分からないが。

 そんな見た目だ。

 あの中高生のような見た目から、渋いオッサン、それでも若さは残ってるような、そんな見た目になってしまった。


 いったい、何十年経ったのだろう。


「本当に大変だったぜ、お前を取り戻すのってさ。何せ相手は国家権力、だしな」


「国家権力?」


「そうさ」


 眠っているあいだに、起こっていたこと。

 彼はそれを説明し始めた。



 ◆



 始まりは、彼の兄、カエデが死んだ時から始まる。

 カエデの死の真相を暴くべく、両親と共に各地で捜査を開始していた。


偽名コードネーム、テルア!へへ、カッコいい〜!」


 なんて、適当に着けたネーミングセンスのない偽名を使って、半ば探偵ごっこだった訳だ。


 もちろん、学校で何かあったとか、大きくても所詮それくらいと思っていたからなのである。


 真相を追うにつれ、彼は知ってしまう。

 誘拐されていくフレンズ達。

 密輸。裏取引。研究。


 違法なものばかり。

 そして、研究に至っては、国家が関わってることを知ってしまった。


 そして、次のターゲットは…メイ。

 親友であることは前々から兄から聞いていたと言う。


 あるひとつの裏組織が滅びたことを皮切りに、本格的にターゲットとして絞ったらしい。

 …いや、これもフレンズの力がどれほどのものかを試すだけだった、というのだが。


 初接触の時、彼の死の真相を追うだけの近親者として振る舞い、陰ではメイを観察する。


 この時彼は理解していた。

 兄が死んだ理由は、嫌がらせとかそんなのに屈した訳でもなく、これ以上の危害が家族に及ばないための勇断であったと。


 それは、家にあった彼の両親の死体が物語っていた。


 しかし、観察も終わりが来てしまった。

 貴重な絶滅種、しかもレアケースとなると、やはり国家は確実にそれを取りに来る。


 国家はメイを一人に仕立てあげた。

 裏で俺は襲われていた。

 集団でかかってくる奴らから、必死に逃げた。


 その間に、奴らはメイを奪った。


 手出しもできず、位置も掴めず、国家ぐるみなのもあって何も出来ずに、何十年もずっと、その島にいた。

 ずっと研究されていた。


 しかし、今日やっとチャンスが来た。

 奪取の機会が来るや否や、そのボートを走らせ、急いでこちらに向かってきた、というのが彼の言い分らしい。

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