第102話 成長

「…!」


 気付けば、そこは液体の中だった。

 周りには色々な設備があるのだが、人は一人もいない。


 気にせず、その透明なガラスのようなものを打ち砕いた。


 サイレンがけたたましく鳴るが、気にもしない。


 拳を結び開き、しっかり身体が使えていることを実感する。


「…ふふ」


 久しぶりに実体を動かせるということもあり、変な笑いが出てしまう。

 いずれ、人はここに来るだろうが、私から迎えに行こう。



 ◆



「非常事態発生!非常事態発生!脱走した実験体が研究所内を逃走中!研究員はただちに非常用ボートに乗って脱出せよ!ここは10分後に爆破する!繰り返す!……」


「爆破か…なら出来るだけ殺すしかないか」


 そういえば、ボートという単語が出てきた。

 つまり、ここは水に囲まれているのだ。


 殺しに殺してここと共にお陀仏になったら意味が無い。

 俺は外に出る必要がある。


 ちょうど、そこに人がいるので、その身体に聞いてみることにした。


「おい」


「ひ、ひぃぃ!?た、たすけてください…命だけは!」


「出口はどこだ。そのボートというものもどこにあるか教えろ」


「あ、あっちです!あっちにあります…」


 慌てて男は指を指す。

 この恐怖している感じ…非常にゾクゾクする。


「だ、だから…殺さないで」


「嫌だね」


 爪に力を込めて、喉を掻き切った。

 鮮血が服や顔を汚す。

 この感覚を求めていた。何やら震えが止まらない。恐らく喜びだ。


 男はやがて絶命した。



 ◆



 その頃。


「おいおいおいおい…もうちょっとで計画通りに救えたんだが…何やってんだ?あいつ」


 一人の男が、自家用のボートを走らせていた。

 向かう先は…研究所。


「頼むから間に合えよ〜…!」



 ◆



 出口に向かうにつれ、人は多くなっていった。

 何人いたか分からないが、殺しに殺した。


「アッハァ!」


 爪を振るう度に血が噴き出る。

 肉を抉るこの感触も相まって、笑いが止まらない。


「狂ってやがる…!は、早く逃げろぉ!」


「逃がさねぇよォ!」


 この爽快感に虜になりそうだ。

 もっと殺したい。

 もっと…



 ◆



 そうしている間に、出口は着いた。

 既に何隻かのボートは出発していた。


「捕り逃したか…チッ」


 研究所内から後から出てくる者はいなかった。

 そこには、血塗れの狼が立っているだけだ。


「メイ…?」


 左方からの声の主を見るが、もちろん面識などない。

 私はメイであってメイでないのだから。


「おいおい、やべぇよ…何があったら、こんなことになるんだ、てめぇは…」


「…誰だ、君は」


「って、そりゃ忘れてるよな…もう何十年も…いや、とにかく」


 その男は、焦りを見せているようだった。


「ここを脱出するぞ!運転は俺に任せとけ、なんたって俺のボートがあるからな!」


 男は自慢げに、そのボートを見せた。

 日頃からメンテナンスしているのか、汚れがなかなか見つからない。


 ここで、良いことを思いついた。


「嫌だね」


「は…?何言ってるんだ、テメェ」


「誰だか知らんがな。ここで君を殺して、私がボートを使う。名案だとは思わないか?」


「名案な訳ねーだろっ…本当に、テメェはどうしまったんだよ」


「長々と話すつもりは無い」


 ダッ!

 駆け出して男と距離を詰める。

 今までやってきたように、爪に力を込め振るう。


 しかしかわされる。


「メイ…!わりぃな、一旦気絶してもらうぜ!」


 カウンターのように、その男は体を勢いに預け、突撃する。

 まともに食らった私に、電撃が走った。


「ガァァ…!なにを…」


「スタンガンって知ってるか?」


 そのまま私は意識を失ってしまった。



 ◆



 そして、夢の中へと帰ってくる。


 メイはそんな私を見るなり怒号を上げた。


「セン!早くここからだせ…っ!」


「出せと言われて出すやつがどこにいる?」


 そう、適当にあしらう。


 しかし、さっきは油断していた。

 文明の力というのは偉大なものだ。

 次からは、少し慎重にならねばいけない。


「俺は…諦めねぇぞ!お前の好き勝手にはさせねぇ!」


「…ふぅ」


 少しため息をついて、彼の目の前まで歩み寄る。

 メイも屈辱だろう。殴ろうとしても殴れない。拘束状態で何も出来ない。


「口だけではそう言えるけど…君の心の中はどうなのかな。彼女がいなくなって、君の生きる場所がなくなって…今更戻って、なんの意味がある?」


「…っ!」


 やはり、この言葉は刺さるものだ。

 きっと、彼はそれをさっきまで考えていた。

 彼にとって、この事実は自分の存在意義を左右するもの…


 証拠に、彼は今とても動揺している。


「それは…!」


「ないだろう?」


 しかし、数秒後、彼の顔は先程と違い、凛としたものとなった。

 まるで、何かを決心したかのように。


「俺には使命がある。一つ。アライさんがあの世で後悔しないように、精一杯生きること」


「あの世で…?ふん、分からないくせによく言えるね。むしろ、君があの世に行った方が彼女が喜ぶんじゃないか?」


「二つ!!」


 もはや、メイはそんな言葉じゃ動揺しないほどに急成長していた。


 一体、何故…?


「みんなを悲しませないこと。何があっても、俺が出来ることを放棄して、悲しませないようにしなければならない。そして三つ…!」


 メキメキ…


「な、なにを…!?」


 彼はその瞬間、腕を使い、力技で鎖を破壊したのだ。

 精神が弱い今なら、破壊できないはずなのに…


 そして、戸惑っている間に、顔面にストレートが炸裂した。


「グッ…!?」


「お前のような輩から、みんなを守ることだ!」


 彼は今までにないほど、凛々しい姿をしていた。

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