最終章 変化の中で

第101話 拘束

 目が覚めると、そこは真っ暗な空間だった。

 まだ意識がぼんやりとしていて、よく見えないが、特に何の変哲もない空間。

 なんも置いてないし、というか壁がない。


 これは明らかに、夢の中だ。


「…セン?」


 いつもいるはずだった人の名前を呼ぶが、何故かなかなか来ない。

 動き回ろうとしたところで、俺は気付いた。


「な、なんだよこれっ…!」


 手足が固い鎖で括りつけられており、身動きが取れない。

 壊そうにも、壊すことが出来ない。


「セーン!!セン…ダメだ、来ない」


 諦めてどうにか打開の策を練ろうとした時だった。


「お目覚めかな?」


「うわっ!?」


 後ろから彼は声をかけたのだ。

 もしかしたら、最初からいたのかもしれない。


「セン…ビックリさせるなぁ、いたなら返事してほしいよ…で、これって一体どういうこと?早くこれを解いてほしいんだけど…」


「無理な話だな」


 センはそう、冷たく言い放った。

 まさか断るとは夢にも思わなかったので、俺は唖然とした顔で、彼を数秒見つめていた。


「…は?いやいや、冗談でしょ…?」


「冗談なんかじゃあないさ。君はここに留まってもらう。今までの私と同じように」


「それって、どういうことだよ…?」



 ◆



 この状況がイマイチ理解できない。

 いつものセンなら、助けてくれると思っていたが、この有様。

 というか、何故夢の中にいるかもわからない。


「全ては、君の身体を乗っ取るため…ってところかな」


 その言葉で、ようやく気付かされた。

 また裏切られた…いや、俺が勝手に味方だと思い込んでいただけなのかもしれない。


「なんで…」


「説得程度で人間への恨みが無くなるなら良いものだな?生憎、世の中そんな上手くいくもんじゃなくてね」


「何が目的なんだよ!俺の身体奪って、何をするつもりだ!」


「人間を殺すんだよ。また同じようにね」


 少し嬉しそうに言う彼に鳥肌が立つ。

 人一人殺すのでさえ、あれほど精神的にキツいものはないのに…彼は、センはあんなにも嬉しそうにしている。


 どうにかして止めたい、と思って鎖を引きちぎろうとするが、それも意味がなかった。


「君の精神を乗っ取るには、アライグマの死が必要だった。そしてついでに、希望も打ち砕かれれば君の精神が壊れ、君という人格は身体の奥底へと封印されるだろう。そして、私がすぐに出る予定だった…」


 センは続けて語る。


「予想外にも、ヒグマ、彼女の存在が君を元気づけた。

 アライグマが死ぬ前、彼女は君にエールを送った。あのエールは君の心によく響いた。だから彼女を救えなかったとしても、あの夢を見た後、結局努力しても変わらない結末を目にしたとしても、君の精神は完全に壊れる一歩手前で収まった。君の身体を動かせるのは、夜の間だけになった」


 確かに、そのようなことはよくあった。

 身に覚えがある。


「そして、君の精神が良い方向に向かった時、私は焦った。

 当初の計画としては、アライグマを命を捨てて助けようとする君が、ありもしない救う方法で救おうとし、失敗し、アライグマは目の前で死に、絶望し、精神を壊し、私が身体を乗っ取る。

 これだったのだが、色々な誤算が重なってしまったんだ」


「ちょっと、待ってくれ」


 俺は話を途中でとめた。

 あってはならない、そんな話があったんだ。


「ありもしない方法?セン、お前、最初からアライさんを救う気なんて…」


 そうだ、もしこれが本当だったら。

 俺の今までの努力は。今までの苦悩は。

 どこに行くというんだ…?

 全てが否定されてしまうんじゃないか?


「…そんなもの無かったさ」


 そして、彼の言葉でそれは確たるものとなった。

 頭の中でプツンと何かが切れた。


「アァァァァァァ!!セン、お前…!!ふざけるな…出せ!ここから出すんだ!殴らろ!俺はお前を殴らないと気がすまねぇ…!」


 腕が食いこむほどその鎖を解こうとした。

 馬鹿力で無理やり引きちぎろうとした。

 せめて一発でも殴ってやろうと、拳を彼に振り向けようとした。

 しかし、全てダメだった。


 そんな怒りも「無理な話だな」と一蹴されてしまう。


 アライさんも俺も、全て彼の計画のために使われていた。

 もう何を信じたらいいか、分からなくなりそうだ。


「さて、話を続けようか。

 誤算だらけだったが、そんな私に神はチャンスをくれたのさ。君が何者かによって攫われた…そして、それだけじゃない。

 今、君の身体はどこにあると思う?」


「知らねぇ…!」


「正解はな…研究所さ。研究所の、サンドスターの中…君の身体は、サンドスターの溶けた液体の中にあるのさ…」


「…は?」


 更にとんでもないところに連れていかれていると分かると、混乱した。

 研究所。

 無理やりさらって研究するなんて、そこまでして分からないことなんて、もう無いはずだと思っていたのだ。


「外で一体、何が起こってるんだよ…」


「知らんな。まぁとにかく、このサンドスターのおかげで、私は力を得た。

 君も覚えているだろう?君の身体は、君の血液の中に宿る僅かな私の遺伝子に、僅かなサンドスターが作用して出来たということを…


 君自身の魂はさほど強くない。

 そして、君は弱っている。

 鎖にでも括りつけておけば、君は出られない。強くなった私は君の身体を乗っ取れるのさ!」


 彼は高らかに笑った。

 復讐がもうすぐで始まる…しかも、運悪く身体は強化される。

 彼を止めなければいけない。


 そう思う一方で、もう諦めてる自分がいた。

 アライさんはこの世にいない。

 もうこうなったのなら、いいんじゃないか。

 このまま生きてても利用されるなら、もういっそこの身体を手放して眠りたい。


 そんな思いが巡りに巡っていたのだ。


「…まぁ、悪く思わないでくれ。すまないな、これが私にとっての正義なのだから…」


 彼は暗闇へと姿を消してしまった。

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