第100話 思い出を全て胸の内に

 そして今日、俺はパークを去る。


 楽しい思い出や、悲しい思い出がたくさんあったこのパークを去るのだ。

 一時期…辛すぎて立ち直れなかったけど。

 アライさんの遺言、ヒグマやみんなの言葉のおかげで、少しマシになった。


 まぁ、衝撃のカミングアウトが待ってたんだけども…


 どこか遠い所に行こうと思う。

 そこでまた新しく、やり直そう。


 全ての思い出を胸の内にしまって。



 ◆



 今まで関わってくれた友達が、見送ってくれた。

 ミライさんも、見送ってくれた。

 たくさんの言葉を残してくれた。

 記念に、花とか寄せ書きとかもらった。


 これは一生の宝物だよ。


 …何故か、アカギさんの姿はなかったけど。



 ◆



「メイさん」


「…ん、フェネックか」


 アライさんと俺と共にパークにやってきたフェネックは、まだ社会的に厳しい立場にあるため…ここに残らなければならなかった。


「今までありがとう」


 フェネックは、悲しげで、寂しげで、でももう悩みが吹き飛んだような…子供な俺にはよく分からなかった、そんな顔をしていた。


「こちらこそ」


 アライさんという存在を失った二人の間には、沈黙が流れた。

 いつもなら、アライさんが話題を作り出したり、なにかヘタこいたりして、笑顔にしてくれる。


 しかし、最終日なのに何も話題が出てこないのだ。


「…フェネック、元気でね?」


「ちょっと、分からないかな」


 彼女はそんな言葉で濁した。

 何を考えてるか、全く分からない。


「昔っから何考えてるかわからないよね」


「んー?そうかな」


 二人の間に、少しだけ笑いが起きた。


 彼女がその後どうなったのか、俺には知る由もなかった。



 ◆



 夕方。

 パークの玄関口で足を止めた。


「…ヒグマ」


 気まずい雰囲気になった。

 …何せ、あんなことがあったのだ。


「…ごめんな」


「ヒグマは悪くないよ、俺が不甲斐ないだけだったんだ」


「そんな事は無い、お前は誰よりもしっかりしてる」


「まさかね」


 その後、結局二人とも沈黙してしまう。

 俺は昔から話題を作るのが不得意だ。

 それを今になって、また思い知らされる。


 …アライさんとは自然に会話できる。それほど好きだったんだな、俺って。


「ありがとう、ね?ヒグマがいなかったら、俺立ち直れてなかった」


「あ、あぁ…」


 あの日のことを思い出してしまうのか、彼女は赤面する。

 ただ、どうしても言わないといけないことがある。


「だけど、ごめん。俺はヒグマのことを…一人の女の人として、好きになることは出来ない」


 俺は、アライさんと何年もいてしまった。

 他の人と恋に落ちるなんて、もう考えられないのだ。


「…それでこそ、メイだ。もし私と付き合おうだなんて言ったら、それこそ大好きなアライグマを裏切る事になるんだからな」


「とか言って、自分から好きだー!って言ったじゃないか」


「そ、そんなに暑苦しく言ってないぞ!わ、忘れろー!」


 そんな茶番劇で笑いが起こる。

 こうして話せるのも、きっと今日で終わり。

 そう考えると、涙が出てきそうだけど、最後は笑顔で別れた方が、きっと辛くない、辛くないはずだ。


「…泣いてんじゃねえよ、笑え」


 そう思っていたけど、涙脆い俺は泣いてしまうのだ。

 ダメだね、泣き虫な俺。


「泣いてねぇ…」


「泣いてるじゃんか、はは」


「…また、どこかで会おうね」


「あぁ、いつかな」


 そして、旧友とも別れた。



 ◆



 電車に乗るため、歩いて駅まで向かった。

 たまに、後ろを振り向いて名残惜しくなることもあるが、頑張って前を向いて歩く。


 しかし、やっぱりここの雰囲気ももうちょっと味わいたいと思い、都市エリアの色々な店に行ってみたり、観光してみたりした。

 いつもなら隣から明るい声が聞こえるのに、今は、もう何も聞こえなかった。


 そんな事をして、真夜中だ。

 終電を逃し、仮住居に行けませんでした、じゃシャレにならないので、暗い近道へと足を踏み入れた。


 コツ、コツ、コツ

 そこは繁華街とは違って、ジメジメした、雨の後の臭いのようなものが立ちこめる、そんな場所。

 コンクリートの上の足音だけが静かに響く。


 …誰かが、後ろからつけてきている。


 後ろを向いても、誰もいない。


 そんな事をしている間に、さらに暗い路地裏へとやってきた。

 ここを抜けて、数分すればすぐに駅だ。


 その時だった。


 ゴンッ!

 固い物が、頭に直撃する音がした。


「…ァッ!?」


 凄まじい痛みが頭に走る。

 そのまま、冷たいコンクリートの上に倒れ込む。

 何が起こったか分からないまま、首に何かを刺される。


 体の動きが鈍くなる。

 顔をゆっくり後ろに向けて、気付いた。

 何者かが持っていた、鉄パイプで殴られたことに。

 首に刺された、注射器のようなもの。


「なに…を?」


 そして、段々意識が遠のいていく。

 もどかしくなって、必死に舌を回すのに上手く言葉を発せられない。


 ついには、意識を手放した。

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