第98話 別れ

 外は相変わらず冷たい風が吹いていて、とても寒い。

 それは、まるであの日の…出会いのようだ。

 でも、周りはすっかり変わってしまった。

 関係も、すっかり…まぁ、後悔はしていないが。


 その関係も、今危ういものとなっている。


 全力疾走でパーク中を駆け巡る。

 施設の中、街中、茂み、木の裏…

 どこを探したっていない。


「一体、どこに行ったっていうんだよ…!」


 息を切らしながらも、咳をしながらも、地を蹴って、駆けていく。

 必死に目を凝らして、細かいところまで見る。

 どこにも、いないのだ。



 ◆



 やがて、崖に出た。

 この下には、木々が生い茂っている。

 そのため、大自然の空気を改めて肌で感じることができ、その雄大な景色に、きっと魅了されるだろう。

 特に、満天の星空の中、ここから見る景色は、きっと──


「…もう、見つけたのだ?」


 そう、彼女はそこにいた。

 崖の先端に、ただ立っていた。

 そこで、星や月を眺めていたんだ。

 やっと見つけた──

 安堵とは裏腹に、ドキドキしている。

 これは過激な運動の影響だろう。


「アライさん…はぁ、なんで突然いなくなったりしたのさ」


 風の音と、木々の葉の音が、よく聞こえる。

 少しの間、そんな状況だった。

 彼女は顔を少し下に向けて、悲しそうな顔をする。


「…もう、お別れの時間、だからなのだ」


 確かに、そう言った。

 それは幻聴でも妄想でもなく、現実。

 言い逃れのできない、現実だ。


 いつか来る運命だった、それがいま来た、それだけの話なのだ。


「なんで…なんで、黙っていなくなろうとしたんだ!そんなの悲しいよ…ちゃんと、お別れだってできない、そんなの…」


 ふと、誰かとの記憶がフラッシュバックした。

 同じような経験を、俺は過去にしていた。

 そう悟ったのだ。


 ──二回目に、なるところだった…?


 そう思うと、何故だか大粒の涙が、流れて止まなかった。


「だってメイはいつも無理するのだ。きっと、今回だって、無理してアライさんを救おうと思っていた、そうでしょ?」


 図星を突かれて、少し驚く。

 でも、やる事は変わらないさ。

 アライさんとの距離を、徐々に詰めていく。


「…あぁ、その通りさ。アライさんが死ぬ必要なんてない。俺が救う。この命をかけて…」


 そして、目の前で立ち止まる。


「絶対に、救うんだ」


 乾いた音が、その場に響いた。

 一瞬、何が起こったか分からなかったが、頬の痛みがそれを物語っていた。


「…バカ!」


 月明かりに照らされた彼女もまた泣いていた。

 その涙が怒りか、はたまた悲しみか。

 あるいは別の感情か。全て混じっているのか。


 心が幼いままの俺には到底分からない。


「いつまで…いつまでそんな事を言っているのだ!?いつもそうだったのだ、アライさんの心配を他所に、いっつも危険に足を突っ込んで!そのまま死んだら、誰が悲しむと思うのだ?アライさんだけじゃないんだぞ!

 今まで一緒にいた、メイの友達も…みんな、みんな悲しむのだ!

 今だって、ほら!自分を殺してアライさんを生かそうとする!

 アライさんはもうすぐ死ぬ。それは誰かの手じゃなくて、寿命っていう、誰にも干渉されることの無い、命のリミットに達しているからなのだ!そのリミットを大好きな人の犠牲で…」


「犠牲で…」


 怒りのままに、そして悲しみのままに。

 思っていたこと全てを吐露して、彼女はその感情に耐えられなくなった。

 手で顔を覆っても、指の間から涙が零れる。


「伸ばしてまで、生きようとは…思わないのだ…」


「…それでも」


 …それでも、俺は。


 すると、彼女の体は淡く光り始めた。

 ほのかに光る四角い結晶が、彼女の周りから浮かび上がる。


「アライさん…!」


「…あぁ、もうお別れの時間なのだ…早いなぁ、まだ、一緒にいたかったのだ…」


 彼女は涙をふいて、悔やむ様子でこちらを見る。

 出会った時とは、かなり変わった…


「ほら、見るのだ」


 彼女が指差す先は…夜空。

 それも、星が流れている、そんな素敵な夜空。


 あぁ、出会った日も、こんな空をしていたな…

 あぁ、出会った時は、結構ドジしてたっけな、アライさん。

 あぁ、学校に来ちゃったこともあったよね…

 あぁ、今のアライさんは、ドジる事もあるけどこんなに立派になった…


 あぁ──あぁ…!


 感極まってしまい、また涙を流す。


「綺麗な星、なのだ。これがアライさんと見る最後の空…悲しいのだ、でもとても素敵、なのだ」


「…はは、そう、だねぇ…」


「メイ、こっちを見るのだ」


 言われるがまま、彼女の方を向く。

 瞬間、熱い口付けが待っていた。


 それは、今までで一番悲しい口付けだった。


 やがて、彼女は崖の先端へとより近づいた。


「…アライさん!?いったい、なにを…」


「…忘れないでほしいのだ。そして、自分を大切にして、生きるのだ!いっぱい友達を作って、幸せに生きるんだぞ!」


 冷たい風が強く吹き、彼女の髪を揺らした。


「アライさんは、いつまでも見守ってる…ずっと、一緒なのだ!」


 そして、彼女は崖から身を投げた。

 空に身を委ねるように、ゆっくりと倒れ込むように…


「アライさん!!」


 すかさず俺も崖から飛び降り、その彼女の身を掴もうとする。

 が、飛び降りて0コンマ秒経たずに、何者かに手を掴まれた。


「馬鹿なことはやめるんだ、メイ!」


 夜に同化して、認識するのに少し時間がかかった。

 再び、崖の上へと戻る。


「アカギさん…なんで」


「彼女の思いを無駄にするつもりか?少し考えろ、きっと分かるはずだ…!」


「──あぁぁ…」


 崖の下を覗いても、彼女の姿なんて見えない。

 そう分かっているのに、覗いては、ただただ悲しくなるだけだった。

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