第95話 受け入れて

「アカギさん、私がアライさんにしてあげられることって…なんですか?」


 アライさんのそばに何年もいたと言うのに、それがわからないのはとても辛い。

 アカギさんに聞いたって、わかるはずもないのに…


「無理に敬語使わなくていいでござるって…拙者はアライ殿のことを詳しく知らない、だからフェネック殿が決断した方が良いのではないでござろうか」


「です、よね…ごめんなさい」


「い、いや、謝らなくてもいいのでござるよ!?」



 ◆



 現在、俺達は電車に乗って揺られている。

 アライさんは、まだ寝足りなかったのか、隣で寝ている。


 …あと少しで、この顔も見れなくなると思うと、とても辛い。


 これから帰ってどうするか、まだ決まっていない。

 いっぱい、アライさんにいい事してあげられるなら、それでいいんだけれども…



 ◆



「彼女の顔があともう少しで見れなくなる、とても辛いだろう?」


 いつの間にか寝てしまったのか、また夢の中だ。

 センはいつにも増して意地悪だ。


「そりゃ辛いよ、辛いに決まってる」


 すると、センはこちらに歩み寄ってきた。


「メイ、色んな世界を旅したいと思ったことはないか。お前はこの地だけに縛られているな、他の地方へは行かない、いや行けない」


「…?」


「人間というのは勝手なものよ、我々を縛りあげて、行動を制限して…おかげで、君が本来自由に行けるはずの場所も、こうやって許可制になってるだろう?」


 またセンは、そう人間に恨みを持っているかのような、そんな発言をしてきた。


「私も従来、縛られていたようなものさ。人間の目につかない場所に、固まっていなければならない。もっといろんな旅をしてみたかったものだよ。全く、人間というのは…」


「…」


 残念だけど、何も反論はできなかった。



 ◆



「アライさん!!」


 帰宅後、なぜだかは分からないが、アカギさんに面倒を見てもらったであろうフェネックが、アライさんに飛びついた。


「アカギさん、これはどういう事なんですか?」


「まぁ、色々あったのでござるよ。それよりも、こっちに…」


「え、ちょ、アカギさん!?」


 と、連行されてしまった。

 アカギさんなりの気遣いなんだろう。


 一方、フェネックは涙を流すまま彼女、アライさんに抱きついていた。


「アライさん、よかった…帰ってきた、もう帰ってこないんじゃないかって思ってた…」


「もう、フェネックは心配しすぎなのだ!」


「だって、だって…!アライさんが──なんだか、遠くに行っちゃいそうだったから…!」


 その言葉に、彼女、アライグマは少し動揺する。


 ──あぁ、フェネックも悲しませちゃうなんて、アライさんはとんでもなくダメなのだ。


「ずっと、黙ってごめん…なのだ」


 その言葉と共に、つかの間の静寂は訪れる。

 聞きたくもない現実を突きつけるというのは本当に悲しいことだが、でも、今伝えなければいつ伝えるというのか。


「え…?まさか、本当に遠くに」


「…ごめん、なのだ。アライさんはもう、長くは…」


『あの予感は本当だったんだ』

 そう分かるまで数秒。

 分かった時の感情は、どれほどだったのか、誰にも想像することは出来ない。

 感情の濁流は、やがて涙となり、悲痛な叫びとなる。


 フェネックは崩れ落ち、大声で泣き叫んだ。


「なんで…なんで、え…!!アライさん…」


「フェネック、アライさんだって行きたくないのだ、だけど…」


「泣いてるフェネックを見るのは、もっと嫌なのだ」


『しょうがないことなんだ』

 運命を受け入れたような、そんな彼女の笑顔は、もっと私を苦しませた。



 ◆



 それから、数日が経つ。

 アライさんは相変わらず、笑顔で生きようとする。


『我々に黙っておくなんて、アライグマのくせに…』と、あの二人…コノハ、そしてミミは、どこから聞いたかわからないけど、駆けつけてくれた。


『最後が来る前に、美味しいものをいっぱい食べましょう』


『我々、料理は得意じゃないので、これしか用意できませんが…』


 二人は、アライさんに果物をあげた。


『寂しくなるのですよ』


『あれ、泣いてるのか?』


『泣いてなんかいないのですよ!』


 思えば、彼女は周りにいい友達を持ったと思う。


 そして、俺は。


「見つからなかった、どこにも…」


 必死に、彼女を救う手立てを調べるも、何も見つかるはずもなかった。

 パーク内では、こういった事例はもう出始めている。

 救う手立てがあるなら、もうとっくのとうに…


「…メイ、もう言っただろう?」


「うるさい…!俺はまだ、アライさんと一緒に暮らしたい…!絶対に探し出す、彼女を救う方法を」


「受け入れなよ」


 センはそう、遮るように言った。


「君たち二人は、どっちかが死に、どっちかが生きる。救う手立てはただ一つだ。君が体を維持しているすべてのサンドスターを注ぎ込み、彼女を延命させるか…それとも、思いを尊重して生きるかのどちらかだ」


 分かっている、分かっている。

 心の中じゃ、もうそれしかないって、分かっている。

 あぁ、なんで、なんでこんな事になったんだ。


 現実は、時に残酷である。


 どちらを選んだって、残された方は悲しい思いしかしない。

 アライさん、なんで…


『アライさんは絶対にメイとずっと一緒、だから笑って欲しいのだ…

 暗い事考えているともっと暗くなるだけ!明るい事を考えて、辛いことがあったらアライさんに相談するのだ!

 約束…してくれるか?』


 そう、約束したはずなのに。

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