第91話 巡って

「どうにかして、彼女を救えないんですか?」


 そう問いかけると、長髪の女性──カコ博士は、少し考えたような仕草をして、すぐに言った。


「それは無理かもしれない」


 ガッカリしている俺を他所に、続け様に彼女は言う。


「アニマルガールの体はサンドスターで構成される。外部からサンドスターを補給しなければ、当然体はいつか無くなる。体が無くなると、記憶を失い、また元の動物に戻る。

 もう既にそういう事は起きている。もし救えたのなら、とっくに救ってるかもしれない」


「…そうですか、すみません。ありがとうございました」


 立ち上がって、その場を去ろうとした時に、彼女はまた言い始めた。


「あぁ、ただ、もう少しで外部からサンドスターが補給できるような、そんな物が出来上がるよ。間に合うかは分からない。なんせ、サンドスターの研究は難しい。

 ついこの間サンドスターで護身程度の魔法や忍術のようなものを作り出すことが出来た程度だからな」


 そこまで頭は良くないので、彼女の言うことはよく分からないが、俺の思うことは一つだ。


 頼む、どうにか間に合ってくれ…!



 ◆



 年が明け、正月が来て、とても忙しくなった。

 きっとアライさんも疲れかけているだろうと思ったのに、彼女は直ぐに出かける予定を立てた。


 まだパークで行ったことのない場所へ。

 経験できなくなる前に…


 そして今、こうして各地を巡っている。



 ◆



「アカギさん」


 いつものように、黒い布で顔を隠した彼は、呼ばれるとすぐに振り返る。

 最初は読みづらかった表情も、なんとなく分かるようになった。


「なんでござるか?そんな真剣な顔をして…」


「これから、アライさんと一緒に色んなところに行きたいんだ」


 彼はどことなく、不思議そうな顔をした。


「何故でござるか?」


「それは…」


 事実を言うか言わないか、そう悩んでいた時、彼は僅かに笑った。


「大丈夫、分かっているでござるよ」


「え?」


 彼の話によれば、こうだ。


 自分の死期を悟ったアライさんは相談した。


『もうすぐ、アライさんはいなくなっちゃうのだ…きっと、メイは悲しむのだ。暗くなってしまうのだ…アライさんは、どうすればいいのだ?』


『簡単でござるよ。思い出をいっぱい作ればいい。楽しい思い出がきっと、彼の支えになるでござる。アライグマ殿がまだ行ってない場所、そこに連れて行くのもありでござるね』


 アライさんはやけに、最近は積極的だった。

 色んなイベントに参加しようとした。

 …いや、クリスマスは参加してないけど。


 その時から、もう…


「安心して行ってくるでござるよ。二人で」


「…ありがとうございます!」


「それと」


 彼はそう言って、急いで彼女の元へと向かおうとする俺を引き止めた。

 その顔は、とても真面目なものだった。


「メイ、アライグマがいなくなっても、決して絶望しないでくれ。厳しいかもしれない、けど、アライグマは君の幸せを願っている。君の孤独は、彼女と分かち合えたんだ。


 君はもう独りじゃない。だから、アライグマがいなくなっても決して絶望しないでくれ」


 いつもの語尾なしに、彼はそう言った。

 その声は、とても必死なようだった。

 でも。


「…まだ分かりません。覚悟がまだ、できていないんです」


 そう言って、その場を去った。


「…私は君じゃない、君は私じゃない。だから決して絶望しないでくれ…かつての私のように…」


 その目は、他人を見守るというよりも、家族に近い何かを見守るような、そんな目をしていた。



 ◆



「アライさん!準備オッケー?」


「オッケーなのだ!さぁ、出発なのだ!」


 その姿は、出会った頃よりも大人びていた。

 幾多の経験を積んで、幾多の感情を得た。

 もちろん、キレイな思い出ばかりではなかったはずだ。


 しかし、彼女の性格はずっと明るいままだ。

 どんなに嫌なことがあったって、こうして笑顔で話しかけてくれる。

 今だって、死の間際なのに、こんなに明るくて…


 俺は…アライさんのように、なれるのかな?


「おーい、メイー?生きてるのかー?」


「あ、ごめん、ちょっと考え事してた」


「相変わらず、昔からをするのだ。もっと」


「明るく考えて、でしょ?」


 彼女の言葉を遮って、そう言った。


 昔から彼女はそうだ。

 俺が主に悪い方向の考え事をしていると、顔に出るのか、彼女はいつも指摘する。


『また難しい顔をしてるのだ』


「そ、そうなのだ…ようやくメイも分かってきたのか!?」


「明るく考えるのは、ちょっと苦手だけどね?」


 そして二人は親指を立てた。


 彼女がこれを指摘している間に、いつの間にか、彼女はその後に親指を立てるようになった。


 あぁ、昔の思い出が、今になってどんどん蘇る…

 懐かしさに押しつぶされそうだ。


 彼女は目の前で笑った。

 昔よりも、綺麗な笑顔で。


「…アライさん」


「…もう、そんな寂しそうに呼ばないで欲しいのだ。もっと明るくするのだ」


 彼女の声は、少し震えていた。

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