第90話 出来ること

「どういう…どういうこと、なんだ?」


 何となく分かっていた。

 いつか、彼女は目の前からいなくなるんだろう、だから覚悟はしているつもりだった。


「…案外、リアクションが薄いようだね」


 違う。

 表面上はそう見えてるだけなんだ。

 本当は絶大なショックを受けて、ただどうすればいいか分からないんだ。


 覚悟をしていた、なんて、そんなの嘘だったんだ。


「彼女はもうじき死ぬだろう」


「俺は…どうすればいいんだ?」


 ただ、聞くことしか出来ない。


 俺はカコ博士のように頭脳に富んでない。

 サーバルやミライさんのようなムードメーカーじゃない。

 ヒグマのように強い訳では無い。


 だから、自分一人では何も出来ない。

 こんな頭で、彼女一人を救う方法すら思いつかない。


「どうすればいい、と言われてもな。彼女は──寿命で死ぬんだ」


 あぁ、そうか。

 救う、救わない以前の問題だったんだね…

 思わず、膝から崩れ落ちた。


 センは「あぁ、やっと君らしい反応が見れた」と言わんばかりの表情をしていた。


「俺じゃ、何も出来ないんだね…」


「それは違うよ」


 真っ暗な空間の中、コツ、コツと足音だけが響く。

 センは俺の目の前までやってきた。


「彼女が死ぬまで、君には出来ることがある。それは、君が彼女を最後まで幸せにしてあげることだ」


 彼は優しい声で、そういった。


「でも、ダメだ…こんな事知った後じゃ、俺はまた暗くなってしまう…暗い俺じゃ、アライさんを幸せになんて出来ないよ…」


 彼はその言葉を聞くと、ため息をついた。


「君は彼女の事を、何も分かってないんだね」


 俺は顔を上げた。

「やれやれ」といった表情を彼はしている。


「これまで、どんな事があっても君が彼女を笑わせてあげてたんだろう?だったら、最後まで幸せにしてあげられるよ」


「でも「それに」」


 彼は言葉を遮って、続けざまに言った。


「私はさっき言った。君のとらえかたで良くもなり、悪くもなるニュースもあるってね。聞くか?」


 数秒の間が空いて、俺は口を開いた。


「…そりゃ、聞くよ」


「ファイナルアンサー?」


「ファイナルアンサーはもういい」


 そう言うと、彼は少しつまらないような顔をした。

 そして説明しだした。


「さっきも言ったが、彼女は寿命で死ぬ。あまりにも短い寿命だと思うだろう?しかしまぁ、考えてみてくれ。動物のアライグマの寿命は何年だ?」


「三年?」


「正解だ、メイくん。拍手」


 パチパチパチと、乾いた拍手の音が響いた。

 ちょっと馬鹿にされてるような気がする。


「人間の姿になるには、サンドスターが必要だ。それらは人間になった彼女らの体内で、体を維持するためのエネルギー、日常生活で用いるエネルギー、そして、時間経過で回復する、主に体の修復や野生解放などに使われるエネルギーに別れる。

 フレンズがその体を維持出来るのは、元となった動物より少し長い程度なんだ」


「…つまり?」


「ここからが本題だね。つまり、外部から補給をしてあげればいいんだよ」


 彼は簡単そうにそう言った。

 だけど、俺には到底理解出来ない。

 それに、何故彼がそれを知ってるのかも分からない。


「よく分からない、そう言いたそうな顔をしてるね」


「無理もないか」と彼は話を続ける。


「つまり、君の内部にある全てのサンドスターを彼女に注ぎ込むことによって…君自身を犠牲にして、彼女を生かすことが出来る」


「…!」


 …つまり、俺が死ねば彼女が…アライさんが生き残れる。


「じゃあ、早速それを!」


「まだその時じゃない。その時が来るまで、彼女と思い出を作りなさい」


 その言葉が聞こえた後、視界がぼやけていった。



 ◆



「…」


 朝だ。いつもと変わらない朝だ。

 いつもと変わらない朝なのに、気持ちはドン底だ。


 隣を見ると、まだ彼女は寝ていた。

 じきに、その寝顔を見れなくなると思うと胸が痛くなる。


「嫌だ…」


 起こさないように、声を押し殺して泣いた。



 ◆



 彼女には何も言えないまま、数日が経った。

 一応、相談出来る人には相談した。

 他に救える方法はないのか、頑張って模索したけれど、何も見つからなかった。


「メイ、実は相談したいことがあるのだ」


 彼女は突然、そう言った。


「どうしたの?なんでも言って」


 あまり良い気分じゃなかったけど、頑張って相談に乗ることにした。


「…これから、いっぱいいろんな所に行きたいのだ」


 彼女は深刻そうな顔でそう言った。


「…アライさん、アライさんは、やっぱり…いなくなっちゃうの?」


「…」


 二人とも黙ったまま、見つめあっていた。

 彼女は考えてるようにも、困惑してるようにも見えた。


 やがて彼女は口を開いた。


「…いつまでも、メイが忘れない限り、ずっとそばに居るのだ。アライさんがどこに行っても、心はいつまでも一緒、なのだ」


「…分かった」


 やっぱり、そうなんだね。

 いなくなっちゃうんだね。

 そう言いたい気持ちや涙を抑えて、了承の意を伝えた。


「どこへ、行こっか?」


 が来るまで、俺が幸せにする。

 俺はそう心に決めた。


「楽しくて、いっぱい思い出ができる場所に行きたいのだ!」


 二人は今後どこへ行くのか、その計画を練り始めた。


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