第89話 宣告

 朝になり、ゆっくりと目を開ける。

 目線の先には、スヤスヤと眠る彼女──アライグマの姿があった。


 彼女も自分も、服一枚着ていない。

 彼女の裸体…まぁ、毛布に隠れている部分もあるが、それを見てると、嫌でも昨夜のことを思い出す。


 やってしまった…


 彼女の恥部が頭にチラつく。

 意識する度に、胸が騒ぐ。

 後悔や罪悪感とは違う、よく分からないような感情が、体中を巡る。


 彼女の体の所々に、真新しい傷がある。

 やっぱり、痛かったんだろうな……


 申し訳ない気持ちにもなり、彼女の頭をそっと撫でた。


「んん……」


 彼女がゆっくりと目を開けた。

 思わず、ギョッとして飛び跳ねるかと思った。


「あ、ごめん…起こしちゃった?」


「ううん、大丈夫なのだ…」


 彼女はひとつ、あくびをした。

 しかし、それ以降は気まずいのか、なかなか話しかけられない様子だった。

 無論、俺もそうだ。


 横になったまま、なんとも言えない空気の中見つめ合うこと数分。


「そ、その!」


 彼女はぎこちなく言った。


「き、昨日は…良かったのだ…痛かったけど…で、でも、アライさんは…」


 ──とても、幸せものなのだ…


 段々と声が小さくなっていく彼女は、頬を赤らめながら確かにそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬理性を失ったのか、俺は気がつけば唇を彼女の唇へと押し付けていた。


「んぅ…!?」


 唐突すぎて、彼女は驚いた。

 こんな事をしてる自分も驚いている。

 お互いの舌が絡み合った。

 昨日の夜の出来事が、脳内でフラッシュバックする。


 やがて、両者は唇を離した。


「もう、メイ…朝からはダメなのだ」


「ご、ごめんね!?そんなつもりじゃなかったんだ…ただ、さっきのアライさんが可愛くて…」


「ばか…」


 ここから先、どうなったかは想像に任せよう。



 ◆



 その後、風呂に入り着替え朝飯の時間となった。

 彼女は美味しそうに味噌汁をすする。

 出会った頃は、味噌汁やご飯をガツガツと食べて、それはもう食気盛んだった。


 今は、静かに食べて、こちらを見るなりゆっくり微笑んでいる。


 数年でここまで変わるんだな、と実感する。


 と、ここで玄関のドアが開く音がした。

 靴を脱いで整える音がする。


「ただいま、帰宅したでござるよ」


 アカギさんが帰宅した。


「おかえりー!なのだ!」


 彼女は元気に応えた。


「おかえりなさい」


 俺もそうやって応えた。

 アカギさんの言うことには、昨日は夜遅くまで働いたので、疲れがとても溜まり、泊まり込む事にしたそうだ。



 ◆



 外を見ると、雪はもう溶け始めていた。

 薄い氷が張っている部分があるので、雪かきをしてあっても、滑るところは滑る。

 パークの来園者も、滑りそうになりながらも雪のない道を歩いていた。


 その様子を、中から二人で見ていた。


「アライさん」


「ん?どうしたのだ?」


「そろそろ、だよね。アライさんと出会った日」


 そう言うと、彼女は何故か少し落ち込んだような顔をして言った。


「そう、なのだ…」


 疑問に思った俺は、何故そんな顔をしているのか聞いたが、結局返答は来なかった。


「それより!」


「わっ!?」


 突然、彼女が飛びついてきた。

 姿勢を崩しそうになるが、なんとか持ち堪える。


「そろそろ新年なのだ…メイと一緒に神社にお参りに行って、帰ったらうんと新年パーティをするのだ!アライさんは楽しみにしてるのだ…」


「あ、あはは…」


 元気な彼女は、パーティが好きだ。

 ジャパリパークでの新年は初めてだ、だから彼女は更に期待している。


「おやおや、真っ昼間から盛んでござるな?」


「あ、いや…」


 アカギさんは、一枚の資料らしきものを見ながら、そう言った。

 彼が持ってるその資料が、何なのかはわからない。


 資料を読むその顔は、相変わらず黒い布のようなものに覆われているためわかりにくいが、少し険しい様子だった。


 しかし、少しするといつものアカギさんの表情に戻った。


「ははは、メイ殿、アライ殿、今日も、仲が良さげでとても微笑ましいでござるよ」


「「え」」


 思わぬ発言に二人して固まる。

 ギャグ漫画なら、ここで汗ダラダラであろう。

 ここで、だんだん二人の顔が赤くなる。


 忍者はなんでもお見通しって訳ですか…!!

 今叫んだら、ジャパリパーク中に声が届くような気がする…!


「冗談はここまでにしておくでござる。その様子だと、図星ってことでござるな?」


「「はい…」」


 まんまと手のひらで踊らされてました…



 ◆



 こんな日常が、いつまでも続くと思っていた。



 ◆



「…ここは」


 目が覚めると、真っ暗な空間にいた。

 となれば、いつもの夢だ。


 予想通り、長髪の男…センがやってきた。


「久しぶり、だな…」


 彼は、少し躊躇しながらそう言った。

 きっと、前に記憶の話をした事が関わっているのだろう。


「今日は、なんで呼んだんだ?」


 おかしい。

 妙な胸騒ぎがする。


「悪いニュースと良いニュースっていうの…やってみたかったけれど、ちょっと出来ないかなぁ」


「…どういう事だ?」


 彼はその問いには答えなかった。

 そして、こう言った。


「悪いニュースと、君のとらえかたで良くもなり、悪くもなるニュース。どっちを聞きたい?」


 彼の言う事がよく分からなかった。

 ただ、俺の直感は前者を選んだ。

 だけど、嫌な予感がする。


「悪い、ニュースを…」


 口ではそう答えても、心の中ではそれを聞きたくないという感情が勝っている。

 理屈では説明できない、何かが俺をそう思わせている。


「ファイナルアンサー?」


「…イエス」


 答えてしまった。


「…そっちの世界では、こんなキザな言い方をする輩がいるもんだが、私には理解できないな…そう思ってたんだが、なかなかこの言い方もいいものだ」


「早く言ってくれ」


 ダメだ。言わないでくれ。

 そんな感情が芽生えているのに、口は聞きたいと言ってしまう。


 聞かなければならない。

 そんな諦めがついていたのかもしれない。


「では単刀直入に言おう」


 ゴクリ、と唾を飲んだ。


「君の彼女、アライグマのフレンズは──」
















 ──近い内に、死ぬ。

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