第88話 感じる

 そんな晩ご飯の時間も、あっという間に過ぎていった。

 年に一度のクリスマス、だがそこまで特別な感じもしない。

 今年は特に、だ。


「アライさん…」


 俺は彼女を呼び止めた。

 というのも、俺は謝らなければならないからだ。


 今年は彼女が何も願わなかったため、何をあげればいいのか分からなかったのだ。

 おかげで、何も買えずにいた。


「? どうしたのだ?」


 彼女は振り返った。


「その、ごめんね…今年のクリスマスプレゼント、用意出来なくて」


「…ううん、気にしてないのだ」


「それより」と、彼女はどこに隠していたのか、何かを渡した。


「はい、どうぞなのだ」


「これ…」


 彼女が手渡したのは腕時計。

 光が少々反射して少し光る、その腕時計の価値はあまり分からない。


「一体、どこで?」


「頑張ってお金貯めたのだ…アカギさんの手伝いは本っ当に大変なのだ!」


「…本当にごめんね?何もあげられなくて」


「いいのだいいのだ!」


 やけに陽気なのが気になるが、あまり深く触れないでおこう。



 ◆



 外を見ると、また雪が降っていた。

 強くも弱くもない、普通の雪だ。

 そんな光景をベランダで眺めながら、想像していた。


 例えば、サーバル達は今どこで何をしてるか…って、そんなの想像する前から分かってしまう。

 彼女ならきっと、ライブに行ってるだろうなぁ。


 ヒグマはどうしてるんだろう。

 そもそもヒグマは、どこに住んでいてどうして過ごしてるか分からないから…


「メイ、何してるのだ?」


 中からアライさんが話しかけてきた。


「ううん、考え事だけ」


「早く入ってこないと風邪引くのだ」


「そんなに体は弱くないよ」


「とか言って、毎年この季節になると風邪を引いてるのだ!」


「バレたか…」


 ハハハ、と二人で笑う。

 そんな何気ないこの時間が、俺は大好きだ。


「…綺麗、だね」


「あのお空が、か?」


 彼女が言う夜空は、とても輝きで満ち満ちていた。

 とても星が輝いている。珍しい光景だ。


「そうだね…でも、君の方が…なーんちゃって」


「べ、ベタなセリフはよすのだ!」


 と、しばらく談笑していた。

 途中で冷え込んできたため、中でココアでも作って飲むことにした。


「夜は冷えるね…」


「でも、隣だととても暖かいのだ」


 そんな他愛のない話をしてる間にも、どんどん夜は更けていった…



 ◆



「そろそろ、寝よっか」


 またいつも通り、ベッドへと潜る。

 彼女も隣で、同じく横になる。

 ふと、俺の頭の中にはさっきの会話の内容が浮かんでいた。


『…ううん、気にしてないのだ 』


『いいのだいいのだ!』


 …本当に、気にしていないのか。

 毎年毎年、彼女は楽しみにしていた。

 今年は自分から欲しいものを言わなかった。


 それは、気づいて欲しかっただけなんじゃないか。

 彼氏ならば、なにが欲しいか分かる、そう思ってたんじゃないか。


「アライさん」


 ベッドから体を起こし、呼びかける。


「…? どうしたのだ?」


「…本当に、欲しいものないの?」


「無いわけじゃ、ないのだ。ただ、ちょっと照れ臭くて」


「そう、なんだ」


 何が欲しくて、なぜ照れ臭くなるのかはちょっと分からない。

 なので、俺は再び黙ってベッドに横たわる。


「メイ」


 今度は彼女の方から名前を呼んだ。


「何?」


「その、今までとても迷惑かけたのだ…今日も、アライさんは自分を見失っちゃって…」


「全然大丈夫だよ、誰だってそんな時はある」


 そんなこれからいなくなるみたいな言い方しなくても、と言おうと思ったがやめておいた。


「それなら嬉しいのだ…」


 彼女はそういったきり、しばらくは黙っていた。



 ◆



 しばらく、静寂が場を包んだ。

 俺もこのまま、寝るかと思っていた。


「メイ」


 再び、彼女から名前を呼ばれる。


「今日はなんだか寒いのだ…もうちょっと近くに寄ってもいいか?」


「…いいよ」


 ゴソゴソと、そんな音を立てながら彼女は寄ってきた。


「結構近いね…」


 そこまで意識したことは無かったのだが、改めてこの距離、そしてベッドの上となるとかなり心臓がバクバクする。


 顔が赤くなって、背を向けてしまう。


 すると、彼女は腕をそっと回し、身体に抱きついた。


「…アライさん?」


「まだ寒いから…」


 そして、またしばらくそのまま静かになった。

 ただ、さっきと違い全く眠れる感じがしない。


 変に意識してしまって、さっきから心臓の鼓動音が聞こえるんじゃないか、と思うほどに緊張している。


「ねぇ、メイ」


「…な、何?」


「アライさんが欲しいもの、何かわかるか?」


 彼女はそう問いかけてきた。

 彼女がどんな顔をしてそれを聞いてるのかわからない、勇気を振り絞ってそれを確かめることすら出来ない。


「わ、わからないな…」


「そう、なのか…」


 彼女はゆっくり言った。


「メイ、こっちを向くのだ…」


 言われるがまま、緊張しながらも、ゆっくりと振り向いた。


 かなりの近距離で、見つめ合う事になる。


「ふふ、メイはなんだかとても緊張してるのだ」


「べ、別に緊張してないよ…」


 声のボリュームも、だんだん自信がなくなっていくように、小さくなっていく。


「…アライさんはな」


 彼女はそう言った直後、突然唇を奪った。

 少し長い口付けを終えて、二人の吐息が交じる。


「──んっ、はぁ…はぁ…アライさんは、アライさんは…」



「メイが…欲しいっ!」


「…! アライさ──んっ!?」


 彼女はそう言うと、また唇を奪った。

 今度はとても長い。


 やがて、口付けを終えると、彼女は尋ねてきた。


「アライさんじゃ…ダメ、なのか?」


 少し間を置いて、俺は言った。


「ダメな訳ないよ…」


 そう言って、今度は自分から覆いかぶさるように口付けを交わした。


 彼女の衣服を脱がしながら──



 ◆



 外は雪が降って、とても寒いようだった。


 二匹の獣は、互いを求め交わり、温もりを感じた。

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