第86話 ふたりきりの時間

 翌日。

 部屋に陽の光が差し込んで、そして目が覚める。

 昨日は本当にだらしなくなってしまったな、と反省する。酒の影響か、少しだるいように感じる。


「うぅ〜……」


 起き上がるとともに少し目眩がする。数歩歩くとその目眩は治っていき、なんとなく先程までの怠さも良くなっていくようないかないような…


 アライさんはまだスヤスヤと眠っている。

 そのまま起こさないように、リビングへと向かう。

 そういえば、やけにキッチンが静かな気がする。

 いつもならアカギさんがいて、朝食の準備をしていたり、趣味の忍術を試してみたりとかしてるのだが…全く無音だ。


 戸を開けても、誰もいない。

 ふと机の上に目をやると、一枚の紙があった。


『メイ殿・アライ殿へ

 言いそびれてしまい、大変申し訳ないでござるが、拙者は本日行われるクリスマスライブの裏方・警備等を行うため朝早くから出発するでござる。朝早くということで、朝食は作れないから冷蔵庫に食材を入れておいたでござる。だから各自…』


 要約すると。

 クリスマスライブの裏方に回るから朝早く出ます、いつ帰ってこれるかは現場次第だけど、遅くても明日の朝には戻ってこれる。

 という事だそうだ。


 それほどにライブの裏方は大変なのか…と思ったが、考えてみれば拉致組織はまだ健在だし、反フレンズ運動もまだまだ健在だから確かにそれくらいはかかりそうだ。


 調理道具を取り出し、朝ごはんを作っていると、後ろから戸が開く音がした。


「ふわぁ〜…おはようなのだ」


 寝起きの彼女、アライさんは大きな欠伸をひとつした。とても眠そうである。

 こちらも振り向いて、アライさんに話しかける。


「おはよう、アライさん。メリークリスマス」


『クリスマス』

 その単語を聞いた瞬間、彼女の顔はパッと明るくなった…ような気がしたのだが、すぐに元の顔に戻った。


「ん?どうしたの?」


「な、なんでもないのだ!それよりメイ。アカギさんはどこにいるのだ?」


「あぁ、アカギさんなら、今日一日イベントの警備でいないらしいよ」


「ふ〜ん…アカギさんも、大変なのだ」



 ◆



 アライさんには敵わないけど、朝食を作ってふたりで食べた。

 前々から彼女は、今年のクリスマスは家で過ごしたいと言っていたものだから、今日は家で過ごすとする。


 いつもなら、「ここに行きたい!」だとか、「これ食べたい!」と言ってはしゃぐものだから、調子が狂う。


 正直、プレゼントも用意してあげられなかった。先程、それを謝ったところ、


「ううん、大丈夫なのだ!アライさんにはメイがいるから!」


 と大胆に、君さえいれば何もいらない的な事を言われてしまった。


 クリスマスを家で過ごす。

 こういう時、どうしたらいいんだろう?

 クリスマスなら特別な事をしたい。

 だけど、パーティなら昨日やってしまった。


 そう考えていると、アライさんが提案してきた。


「メイ、『おうちでーと』とかしてみないか?」


 突然のデート宣言である。

 しかし、同棲してるのにおうちデート…?


「…同棲してるし、それはおうちデートとは言わないんじゃないかな?」


 そう指摘すると、彼女は


「いいからいいから!」


 と押し切った。



 ◆



「具体的に何をするの?」


 正直、家ではやることは無い。

 同棲してるうちに色々やってしまったから、新鮮味もないのだ。


 だから、今からでも考え直して、それでどこかに行きたいぐらいなんだけど…


「じゃじゃーん!」


 彼女は突然、何かを見せてきた。

 それは、一台のゲーム機。

 先程まで隠されていたそれは、まだ買ったばかりの新品のように、とても綺麗だ。


「これは…?」


「実はな、サーバルに借りていたのだ!」


 聞く話によれば、家でゆったり過ごすとはいえ、やはりプランは思いつかないものだから、知り合いのフレンズに相談したところ、サーバルがこのゲーム機を貸してくれるということになったらしい。


 実はゲームはあまりやったことはないので、ちゃんとできるか心配だ。



 ◆



 それから、時間は過ぎていった。

 最初にふたりでゲームをした。

 それは、2人で対戦するタイプのゲームだった。彼女は練習をしていたのか、とてもうまかった。


 俺も頑張ってコツを掴んだ感じはしたけど、結果は五分五分だった。


 それから、昼食を一緒に作った。

 何気に二人でご飯を作るのは久しぶりだった。作ったのは、彼女が大好きなハンバーグ。


 彼女が捏ねて、俺が焼いた。

 とてもいい味がした。


 そして、午後四時辺りである。

 ついに恐れていた事態が起こってしまう。


「やることが…ない!」


 完全にやることを失ってしまったのである。

 それはそうだ。初めてなら飽きることもないと思うが、二人ともひとつ屋根の下で毎日生活してるのだ。


 二人して床にだらんと寝転がる。

 このままだと、クリスマスではなくいつもの日常になってしまう。


 それだけは避けたいから、外出したかったんだけどな…


「ねぇ、アライさん。なにしよっか…あれ」


 横を振り向くと、アライさんはそのまま眠っていた。

 まあ確かに、夜行性だから寝てても別に違和感というか、そういうのがないような気がしなくもないけど…


「自分から誘ったのになぁ…」


 仕方ないので、彼女をできる限り起こさないように担いで、寝室へと運ぶ。


 スヤスヤとねむる彼女の寝顔を見てると、やっぱり疲れが溜まってたのかな、そう思ってしまう。


 寝室に着いたところで、再び寝かせて毛布をかける。


「おやすみ」


 そう、一言かけた。



 ◆



 空も暗くなり、さらに寒々とする時のことだった。


 夕食ぐらいは豪華にしよう、昨日もパーティだったけどやむなしと思って、食材を買いに行った時だ。


 家に彼女一人、起こしてことわるわけには行かないので、鍵をかけて早めに帰ろうと思っていた。


 食材が入ったビニール袋を持ち、玄関のドアを開けた。


「ただいま〜」


 そう言って、家の中に入る。

 すると、ドンドンという音が奥から響いてきた。

 どうやら、彼女は落ち着かない様子でこちらへ駆けて来てるようだった。


 何があったんだろう。


 そう思って、扉を閉めて数歩前に出た時だった。

 彼女は別の部屋から飛び出し、勢いよく飛びついてきた。


 あまりにも勢いよく飛びつくものだから、彼女が馬乗りになっているような状態だ。

 暗くて顔はよく見えなかった。


 だが、彼女は間違いなく──涙を流していた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る