第85話 本音
「メイ殿、本当に大丈夫でござるか?」
「うぅ〜…大丈夫ですぅぅ…」
ふらつく足で後片付けを始める。
そう、現在はパーティも終わり、カラカルたちも帰宅。
そうして今は片付けをしているのだ。
だいぶ酔いが覚めたんじゃ、と思っていたが全くであった。
調子に乗って飲みすぎるんじゃなかったと後悔するばかりだ。
「全然大丈夫じゃないのだ!ほら、肩を貸すから…」
情けなく彼女の肩に腕をかける。
酒は懲り懲りだよぉぉぉ…
「アライグマ殿、メイ殿を部屋に連れていくでござるよ」
「ふぇ?でも…手伝いが…」
「大丈夫、全部やっておくでござるよ。ゆっくり休むでござる」
「ほら、早く行くのだ」
二人の気遣いに、思わず感慨の涙が出る。
どちらかというと、酔いすぎたせいか感情の制御がなかなか上手くいかないといった次第だ。
「うぅぅぅ…すみません」
「泣かない泣かない、ほら、行くのだ」
そのままよろめく足で、彼女の肩に腕をかけながら部屋へと向かっていった。
そして、後片付けをする彼もその姿を見送りつつ、少し微笑むのであった。
◆
ベッドのそばに着くなり、そのまま力なく倒れ込む。
本当に、何故こんなに飲んだんだろ…と思うほどに酔っ払っていた。
いや、それはただ単に耐性が弱かっただけなのかもしれない。
「それじゃあ、アライさんはまた手伝いに行ってくるのだ」
「おやすみなさいなのだ、メイ」と、彼女はいつもの言葉をかけようとする。
「ねぇ、待って」
俺はそれを遮った。
なぜ遮ったか、分からないけれどきっと酔って気分が良くなって、いっぱいいっぱい話したくなったんだろう。
現に、内から溢れ出る感情や言葉…主に感謝だ、貶しなど無い。
とにかく、それを彼女に打ち明けたくなっていたのだ。
「アライさん…ちょっと、話に付き合って欲しいんだ…」
「ん〜?分かった、仕方ないから付き合うのだ」
ドアノブに手をかけかけていた彼女だったが、俺の一言でまたこちらへと向かってくる。
「話って、なんなのだ?」
「んにゃ……」
呼び止めたとはいえ、結局何の話をすれば良いのか分からない。
ただ気分が良くなって、頭が働かない。
昔はよく、酔っ払ってる人=気持ち良くベラベラと喋っているというイメージがあったのだが、なぜだか俺は喋れない。
必死に頭を働かせ、働かせた結果思い浮かんだワードはこうだ。
「膝枕…」
ただ、小声でボソッと言った。
大人になってまで膝枕だなんてはしたない。
そんなに甘えるだなんて気持ち悪い。
他人からはそう言われそうな気がする、いや言われる。
だけど、どうしようもなく甘えたかった。
きっと酒で気持ちが良くなったのもあるけど、ただただ甘えたかった。
甘えることによって、きっと何かが解れて、色々と話が出来るんじゃないか。
そう思った。
彼女は一瞬、少し驚いたような表情をした。
だけど、また優しい笑顔を見せて。
「…仕方ないなぁ、メイは…」
そう言って膝を差し出した。
初めてこうやって膝枕をしてもらったのはあの時。アライさんが病院に運ばれた時だ。
あの時は、誰かが入ってくるんじゃないかとか、目覚めて突然の膝枕だとかに困惑を覚えていたものだから、正直に言うと焦りしかなかった。
「ごめんね、こんなこと…」
「やっぱりメイは甘えん坊なのだ…」
そう言って彼女の膝に仰向けになる。
あの時とは違って、安らぎと包容感を覚える。
アカギさんは片付けをしている途中だ、まだ入ってはくるまい。
「いつもありがとう……アライさんに出会わなかったら、絶対後悔してた…」
内から溢れ出る感情を、ようやく言葉にすることが出来た。
でも結局は、いつも口にしてるような言葉だ。
「また〜?もう、メイはいっつも感謝してばかりなのだ」
「ごめんね…?でも、それくらいいっぱい感謝してるってことなんだ…」
そうして、話を続ける。
普段言えないこともたくさん話した。
「俺は最悪なヤツなんだ…人だって殺した…今だって俺は俺を嫌っている。罪を背負うのが、どうしようもなく辛いんだ」
辛いこと、悲しいと思うこと。
それを話している時、彼女は無言だった。
頭を撫でる彼女の手は、ただただ心地よかった。
言葉が止まらなかった。
主に自分に対する負の言葉。今までの人生で辛かったこと。
それでも、彼女はただ話を聞いてくれた。
最後に、俺はこんな話をした。
「俺は怖いんだ…いつかキミがいなくなっちゃうんじゃないかって。たまに夢に見るんだ。キミがいなくなった時のことを。キミが俺の元から離れていく時のことを…」
この話をしていた時、とても怖かった。
俺はただただ震えていた。泣いていた。
きっと酔っていなくても泣く。
それほどに、心の拠り所となる存在を失うのが、恐怖でしかなかった。
「アライさん、キミは…いなくなったりしないよね?俺を置いて行ったりなんて…」
俺はそう問いかける。
後ろの窓から差し込む月明かりのせいで、彼女の表情は影となっていてよく見えない。
だけど、彼女はこう言ってくれた。
「大丈夫なのだ…」
それは、安心してほしいように聞こえたし、それに悲しそうにも聞こえたし。
色々な捉え方も出来た。
だけど、その一言で、なんだか安心できるような気がした。
「ありがとう…」
涙が流れるばかりであった。
◆
メイはもう寝てしまった。
膝枕で寝ちゃうだなんて、本当にとんでもない甘えん坊なのだ…と内心思った。
一匹のけものはただ月を見ていた。
そのけものはツガイの過去をよく知らない。
けものはただ、ツガイのために出来ることをやってきたつもりだ、そう思っている。
ツガイと初めて会った時の事を思い出した。ツガイはなんだか寂しそうだった。哀しそうだった。
ツガイのそばに出来るだけいてあげられるように…そして、慰めてあげられるように…
一匹のけものは、月を見上げ何かを決心した。
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