第80話 自分自心
ある日の晩のことだ。
いつも通り眠りについたのだが、いつものあの空間に飛ばされていた。
目の前には、久しぶりに見るあの姿が。
「…久しいな」
「…」
この前のこともありかなり気まずい。
結局彼を説得できてないし、彼はやはり人間を恨んでいる。
「ここに呼び出したってことは…話があるんだよな」
「あぁ…その前に君に詫びなければいけない。すまなかった、あの時は取り乱してしまって…」
「…その事は口にしない方が楽なんじゃないかな」
「…そうだな」
センは落ち着いた様子で、淡々と話し始める。
「立ちながら話を聞くのもあれだろう…」パチン
センは指を鳴らす。するとそこにベンチが出現した。手品かなにかなのだろうか、いや、夢の中だしなんでもありなんだろう。
「失礼します…」
「堅くならんでいい…私は君の祖先だぞ?」
だから堅くなるんですよセンさん…
ベンチに腰をかけると、たちまち風景は野原に変わった。
風が吹き、鳥達が歌う。
センは隣に座り、話を続ける。
「結局あれから考えたが…私の考えは変わらなかった。どう解釈しても私は人間が憎くて憎くてたまらない。どうか許してほしい…」
「…考え方はそれぞれ違うから…」
「ただ」とセンは少し強い口調で区切る。
「君も人間と戦わなければいけない時が来る…君だって覚えているだろう、あの忠告を。組織が君をマークしているんだ」
テルアがわざわざ忠告してくれたその事実。
あの組織は滅びてなんかいない。きっとどこかでフレンズは今も攫われている。
「何も出来ない俺が悔しい…」
「君は悪くない…悪いのは人間なのだから」
いつか誰かが言っていた。
『フレンズというのは、人間と動物を繋ぐ架け橋。人間と動物がコミュニケーションを取って、友達になって、分かり合える存在であるように…私はそんな願いを込めてこの名を付けました』
そんな話を、どこかで聞いた。
正直この名を付けたのは誰かもわからない。だけど、確かに今だって少しずつだけど分かりあってきている。
でも、やっぱりそういう事に利用する人間だっているんだ…
「…そんな人間がいるから私は許せなかった。今なら言える」
センは立ち上がり、こちらの顔を見て、何かを決め込んだように話す。
「…すまない、君と最も親しい人間との大切なものを奪わせていただいた…」
「…それって」
ごくり、と唾を飲み込む。
なんとなくだが感じていた。昔からの記憶を辿ってみると、どこか不自然な点があるのだ…
鳥たちが一斉に羽ばたいた。
「カエデとの記憶は、私が奪った…」
◆
目が覚めた。前に比べたらとても短い夢だった。その事だけを言いに来たのか、センは…
そんなの今更言ったってどうしようもないよ…カエデが誰なのか、俺はわからないんだ。かなり親しかった…みたいだけど、俺にはよく分からない。
ふと、例の組織の事が頭に浮かぶ。
警戒はしている、こうしている今だってどこかで攫ってるんだ。
攫ってなくたって尚更気味が悪い。何かの計画の準備でもしてるのだろうか。
俺は彼女を守りきれるのだろうか?不安で不安で仕方が無い。
元は同じ人間だったのに、今は警戒しなくちゃいけない。
フレンズは人間と動物の架け橋になるような存在、なんて言ったけど…
出来るのかな、本当にそんなことが。
◆
最近はさらに肌寒くなり、クリスマスまで残り一ヶ月程度となった。
こうやって歳を重ねるごとに時間が経つのが早く感じるようになっていく。
俺も立派な大人だ、組織の関係もあってあまり空けることは出来ないが…
「いらっしゃいませー」
コンビニでバイトを始めた。
もちろんパークの方には許可はとってある。
『他のフレンズさんも、やがてこうして働いて、社会に溶け込めると良いですね!』とミライさんは言っていた。
でも悲しいことに、現実はそう上手くはいかない。テレビを見ているとそれが良くわかる。
パークのフレンズは飼育員やその他の人達が守ってくれている。
だが、パーク外のフレンズや、そうでなくても守ってくれている人達の隙をついて犯罪を犯す輩がいる。
それもフレンズに対して、だ。
「やっぱ無理なのかな、共存って…」
◆
「メイ、プレゼントなのだ!」
突然アライさんにそう言われ、袋に入った何かを渡される。
突然、そう突然だ。
何かの記念日でもない、行事があるわけでもない。
出会って何年とか、付き合って何年とか、ましてや誕生日でもない。
「アライさん、急にどうしたの?」
疑問を抱きつつ問う。
「今日は記念日とかじゃないけど…でも、アライさんはメイにいつも感謝をしてるのだ!だから、日頃の気持ちを込めて、今日プレゼントするのだ!」
そう言われたので、早速袋の中を覗いてみる。すると、中には数枚のクッキーが入っていた。
「手作りのクッキーなのだ!アライさんはお菓子作りはあまり得意じゃないけど…頑張って練習して作ったのだ!」
そう、アライさんはお菓子作りが得意じゃない。料理は作れる彼女だが、どうしてもお菓子だけは上手く作れない。
こればかりは謎で、クッキーだって上手く作れなかった。いつも焦がしてしまう。
だけど袋の中のクッキーはとても美味しそうで、良い香りがほわぁと広がっている。
「ありがとうアライさん。早速食べてみていいかな?」
「もちろん!召し上がれ、なのだ♪」
クッキーを一枚摘んで、口の中へ頬張る。
「アライさん、これ…」
「う、うん…」
「…美味しい!凄いよアライさん、こんなに上手くなってるだなんて…!」
「よ、よかったのだぁ…」
そのクッキーはとても美味しかった。美味しいという言葉しか出なかった。
これは俺の語彙力がないのもある。
だけど、語り尽くせないほどに美味しい、ということでもある。
「ありがとう、アライさん!」
「えへへ…♪」
そう言ってアライさんの頭を撫でる。
彼女は気持ちよさそうに、そして喜んでいる。…とても良い笑顔だ。
「膝枕…してほしいのだ」
そういえばこの前小声でだけど、今度は俺が膝枕するから…とか言ってた。
聞こえてたのか…
「…どうぞー」
そしてアライさんが膝…正確には膝よりも少し上、太ももより少し下の辺りなのだが、そこに頭を置く。
「撫でてもらっても…いいか?」
そう問われたので無言で撫でる。
彼女は更に心地よさそうにしている。
なんだろう、最近のアライさんは本当に積極的だ。…考えても考えても理由がわからない。
「気持ち良いのだ…このまま寝ちゃいそう…ふわぁ…」
「大丈夫?」
「大丈夫なのだぁ……はわぁ…」
やがて彼女はぐっすりと眠ってしまった。
…やっぱり俺が守らなきゃいけない、彼女を…アライさんを…
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