第78話 夜時

 幸せなひとときだった。



 ◆



 しばらくして空もだんだん薄暗くなり、パークの人たちもイベントに向けての最終調整などで忙しい様子だった。

 行き交う人々の中にも、そのイベントを楽しみにするものや、ちょっとマントとか買ってプチ仮装をする者もいた。


 なにせ一年に一度のハロウィン、しかもジャパリパークのハロウィンだ。楽しまなきゃ損だ。


「メイ、これから何が始まるのだ?」


「ん〜…確かパレードじゃなかったかな?あとは仮装大賞とかもあるみたいだけど…どっちがいい?」


「パレード!パレード見てみたいのだ!」


「オッケー、じゃあ早速移動しようか」


 てっきり仮装大賞の方を見たがるのかと思ったけど、見当違いだったみたい。

 それにしてもアカギさんはどこに行ったんだろう?イベントの準備を朝からしてるだなんて結構大変だなぁ、飼育員って…


 そこらを見回してみると、さらに売店や物売りも増えた。しかも仮装しているのである。

 例えば、ピエロの仮装をした風船売り…遊園地かなにかかな?パークのイメージキャラクター的なのはまだいないみたいだし、多分仮なんだろう。


 パレードはもうすぐ始まる、なんて言ったってもう夜なのだから。



 ◆



「とうちゃーく、なのだ!」


「うわぁ、すごい人混みだねぇ…」


 昼とは比べ物にならないほどの人がいる。それほどこのパレードは注目されているのだろう。それにしたって…これじゃあ見えないんだけどな。


「どうする?これじゃあ見えないけど…」


 文字で表すならガヤガヤ、漫画的な効果音だかそれくらいこの会場は賑わっていた。

 なんだか少し暑く感じる。


「か、仮装大賞の方ならきっと…!」


「いやぁ、仮装大賞の方も多分同じくらい賑わってると思うけどね〜…」


「うぅ…」


 パレードはもうまもなく始まる。

 だけどこのまま見れないんじゃ来た意味もないし…仕方ない。


「アライさん」


「?」


「肩貸すよ…乗って?」


 俗に言う肩車という奴である。

 特に問題は無い、フレンズだもの、肩は頑丈だろうし、成長してるとはいえアライさんもきっと軽いだろうし。


「え…いや…その、ちょっと恥ずかしいのだ…」


 と思ったらダメだった。

 考えてみれば後ろに人いるし普通に妨げになる。ならばかくなる上は…


「よく見える場所探すしかないじゃん!突撃〜!!」


「え、メイ!?待つのだ〜!!」


 結局疾走である。



 ◆



 幸いにもそこまで人混みが少ない場所を発見した。本当に幸運だった。

 とはいえ見えにくいことには変わりない。けど、これぐらいなら何とかなるだろう、多分!


『会場にお越しのお客様、ようこそジャパリパークへ──』


「お、始まるみたいだよ」


「なんだかワクワクするのだ!」


 女性の声のアナウンスがパークに響く。

 パレードはもうまもなく始まる。ざわめきがより一層大きくなったように感じた。


『まずは前座として、サプライズ演出をご用意させていただきました!皆様、空をご覧下さい!』


「空?」


 そのアナウンスの声で更にざわめきは大きくなった。みんな次々と空を見つめる。ただ、そこにあったのは真っ暗な夜空と輝く月のみである。


「何にもないのだ?」


 少し経った頃、ピュ〜…という音が響いた。

 すると夜空に鮮やかで、色とりどりの火花が舞い散った。そう、花火である。


「わぁ〜…!すっっっごい綺麗なのだ!!あれ、あれすっごい大きい花火なのだ〜!?」


 そういえばアライさんは生まれてからこういう大規模な花火を見たことがなかった。せいぜい花火キットか何かを買ってきて付けるくらいだった。


「俺もびっくりだよ、こんな突然のサプライズ…」


 ちょっと季節外れな気がするけど、きっとこの花火のようにパレードも華々しいものになるのだろう。そう思うとドキドキしてくる。


 やがて花火がすべて打ち上がり、再びアナウンスの音声が響く。


『サプライズはいかがだったでしょうか?それではパレードの開幕です!』


 喜びや楽しげな声が響いた。



 ◆



 あれからしばらくの間パレードは開演した。

 カボチャの馬車やカラフルな乗り物、城をモチーフにしたものまであった。

 更に、それに同乗していた人やフレンズ達によるパフォーマンスも行われとても賑やかだった。


 一番驚いたのはパレードにサーバルが出たことだ。いつの間に計画していたんだろう、いつも彼女はとんでもない行動に出る。


 パレードが終わり、夜の静けさが戻ってきた頃、俺達は家路へと向かっていた。

 ふと隣の彼女の横顔を見てみる。楽しげに笑顔を浮かべているアライさん。

 昔の姿と重ねてみると、やっぱり成長した。

 身体的にも、精神的にも…


「こっちを見てどうしたのだ?アライさんの顔に何か付いてるのか?」


「ううん、何でもないよ」


 そんな感じで会話を繰り返しながらしばらく歩いていた。

 客はほとんど帰ってしまい、少しぐらいしか残っていない。今歩いているこの道に至っては一人もいない。

 何気ない会話をしていたが、突然アライさんか話題を変えた。


「メイ、約束してほしいことがあるのだ」


「ん?急にどうしたの?」


「まず一つ!」


 彼女は目の前に立ち、指をビシッと指しこう言った。


「ほかの子をちゃん付けしないでほしいのだ!」


「へ?」


 確かに思い返してみれば今まで結構言ってるし、今日の朝も言っていた。


「アライさんが嫉妬しちゃうのだ…だからちゃん付けはやめるのだ!」


「わ、分かったよアライちゃん」


「アライさんをちゃん付けするのはやめるのだ!照れ臭いのだ…そしてもう一つ!」


 アライさんは何かを決め込んだような様子で、はっきりとした声で告げる。


「何があっても、アライさんを信じて、そして明るく生きるのだ!何にもめげないで、辛くなったらアライさんを思い出すのだ!」


「…何が、あっても」


 言われなくたってそんな事…と思ったのだが、考えてみれば自分はネガティブになりがちだ。現に何度か病んだ。アライさんがいなければ絶対に克服できなかっただろう。


「分かった…大丈夫、アライさんがいれば大丈夫、明るく生きれる気がするよ」


「これもアライさんとの約束なのだ!」


 そんな約束をしたもので、俺はちゃん付けを封印された。

 考えてみれば彼女がいるのにそんなことをするだなんてかなり酷い事だと思った。

 ごめん、本当にごめん!



 ◆



 帰宅した後、置いてあった仮装大賞のトロフィーを何度もガン見した。

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