第77話 休息

 それは幻想だった。

 いつしかその幻想を当たり前と受け取るようになっていった。



 ◆



「ひやぁ〜…暑い暑い、十月とは思えないや…」


 俗に言う溜まり場のような場所でくつろぐ。ここは丁度陰もできており、休むには丁度いいのだ、なにせ今日は暑い。

 スタンプラリーやグッズを求めているのかは不明だが、ここには人がいない。


 …これ誘拐みたいになってませんか?


「何か飲み物買ってこよっか?」


「いや、いいのだ…」


 まただ、またこの顔…

 どこか寂しげで、悲しいように見えるその顔。フェネックともよく遊ぶし、本人だって毎日楽しいって言っているけど…

 でも、最近はこの表情を見せることが多くなった。


「何かあったの…?相談に乗るよ?」


「う、ううん!なんでもないのだ!」


「…俺じゃ不満?最近元気無いように見えるよ…?」


 するとアライさんは、「そんなことないのだ!」とおもむろに立ち上がり、何故かステップを踏み始めた。それはまるで、『アライさんは元気なのだ!心配しなくても大丈夫!』と言っているよう感じた。


 強がってるようにも思えたけど…

 でも、信じる事にした。純粋な彼女の事だ、きっとなにかサプライズを考えてたりだとか、何かの行事に参加するから緊張してるだとか、きっとそんな理由だ。


「オッケー、信じるよ…!」


「その格好で言われるとちょっと笑うのだ」


「ぐ…」


 吸血鬼のコスプレとかしてみたかったです…



 ◆



 そんなこんなで午後。

 パークに人が更にやって来たけれど、段々涼しくなってきて過ごしやすい。

 風も吹いて…あぁ〜たまらない!


 休息を終えてしばらくブラブラと歩いて、スタンプラリーなるものもやろうと思ったけれどさすがにこの人混みの中じゃやっていられない。

 なのでハロウィン仕様のパークを観光したり、知り合いのフレンズを探してみたりしていた。


 あとは他愛のないような話をしながら歩いていた。夜になにかイベントがやるみたいだし、それをひたすら待っている。

 暇とは思わない、近くにいるだけで嬉しい。


 丁度視界に入ってきたのは屋台。それもクレープの屋台である。

 あぁ、数年前も度々行ってたなぁ、クレープ店…


「ねぇねぇアライさん、あそこでクレープ売ってるけど買ってこよっか?カボチャ味があるみたいだし、折角だからさ!」


「あ、食べる!食べるのだ!」


「よし、そこのベンチで待ってて!今買ってくるから〜!!」ダダダダ


 全力で屋台へ向かう彼の後ろ姿を見て、


「慌てすぎなのだ、全く…」


 と少女は微笑んだ。



 ◆



 かなり並んだけど手に入れることが出来た、このカボチャクレープを…!!

 大盛況なおかげでこっちが大変だったよ…


「おーい、アライさーん!買ってきたよー!」


 さすがに大きく手を振って『おーい!』なんてクレープも持ってるし人いるしドラマじゃあるまいしの三拍子で出来ないので、呼びかける。

 ベンチに座ってるアライさんはどうやらボーッとしてるみたく、こちらの声に気づいていない。


 ってなるとぉ…ドッキリ?


 クレープを両手に持ったままベンチの裏側にサササと忍び込む。

 俺はアカギさんじゃないのでここまで近付いたら気付かれるかと思ったのだが案外に気付かれない。不思議…


 一方のアライさんはどこか遠くを見つめている。きっとクレープを待っているのだろう…

 後ろから驚かされるとは思わずに…


「わぁ!」ピョコ


「ひゃぁぁぁぁ!?…ってなんだ、メイなのだ…もう!びっくりさせないでほしいのだ!」


 ドッキリは大成功、ちょっと怒らせちゃったかな?


「あはは、ごめんごめん。はい、クレープ。期間限定のカボチャ味!」


「わぁぁ…!ありがとうなのだ、メイ!」


 彼女の一瞬で表情が明るくなる。言うなれば『パァァァ』とか、『キラキラ』とかそんな感じの効果音が付きそうな程である。

 ベンチに二人腰掛けてそのクレープを食べる。


 カボチャ風味のクリームたっぷり、生地はしっとりとしていて、若干甘味を感じる。

 小さくカットされたカボチャも入っていてまさにカボチャという感じなのに、しつこさを感じさせないこの味は流石としか言いようがない。

 多分このバニラアイス…カボチャだけだとちょっとあれだと思ったのかな、とにかくそれがしつこさをかき消しているんだろう。


「これ…これ美味しいのだ!アライさんはこのクリームが特に好きなのだ…♪」


「…って、アライさんクリームベッタリ付いてるよ?もう…」フキフキ


「ん…ありがとうなのだ!」


 ちょうどそこへ三人の子供がやってきた。

 歳はまだ5歳程度と言ったところだろうか、多分親御さんに「そこら辺でちょっと遊んでてね」と言われたのだろうか。

 それとも「わーい待てー!」と鬼ごっこをしてるうちにここに来たのだろうか。


 ともかくその子供たちがこちらに話しかけてきた。どうやらこの仮装にちょっとした興味を抱いているようだ。


「わぁ!まほうつかいさんと…どろぼうさん?」


「えぇと…怪盗、ね?」


「かいとー?」


 三人一緒に首を傾げる。うーん、怪盗というよりやっぱり泥棒の方がわかりやすいのかな?泥棒と怪盗は結構違うような気がするけど。


「まほうつかいさん!まほうつかいさんだよね!?」


「そう!アライさんはカボチャの魔法使い、アライさんなのだ!」


「まほうつかって!」「はやくはやくー!」


「あはは…乗り気だね?」


 当然魔法は使えるはずがないので困惑し、どうすればいいのか分からない状態のアライさんだったが、どこか楽しそうだった。



 ◆



 しばらくしてその親御さんと思われる人達が現れて、その子供たちを連れ帰った。

 アライさんは大きなため息をついてベンチに再び腰をかける。


「ふわぁ〜…ひと仕事したのだぁ…」


「サラリーマンじゃないんだから…」


 しかし彼女は明るい表情をする。

 微笑んでいたんだ、楽しそうに…


「でも、とても可愛い子供たちだったのだ…♪」


 …成長したんだなって思う。

 つい数年前までは、あんなに幼くて無邪気だったのに…

 フレンズの成長って、とても早いんだ…

 面倒見も良くなって、家事もできるようになって…と言っても、家事は俺もやるんだけど…それでも、もう料理は敵わない。


 そして彼女はまた口を開く。


「いつか可愛い子供が欲しいのだ…」


「え?」


「え?」


 一瞬時が止まったように感じられた。

 あれ、えぇと…うぅぅぅん??

 うぅんと、えぇと、そういう事だよね?

 いや、故意じゃないよね?

 恋と故意をかけてる場合じゃないんだよ、そうじゃないんだよ。


 数秒たった後、アライさんもようやく自分の言ったことの意味に気づき徐々に顔が赤くなっていく。


「…なんでもないのだ」ブツブツ


「…うん」


 お互い赤面状態である。

 こんなん反則やって…半端ないって。

 めっちゃナチュラルに言うやん…

 そんなん出来る?できひんやん絶対。


 気分転換するために、


「…次、どうしようか?」


 と次の予定地を尋ねたけれども…


「…ちょっと休ませてほしいのだ…」


 とアライさんはその大きな帽子を深く被ってしまった…

 おかげで顔が見えない、彼女は今あの帽子の中でどんな顔をしているのか。


 参ったなぁ…


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