第74話 説得

 何も、何も言えなかった…

 彼に対してかける言葉も、過去の出来事に対しての言葉も…何も。

 絶句の二文字が相応しい状況だった。


「今だってそうだろう、人間は地位を求めている。同族を集団で攻撃する輩もいる。人間の創り出した物で森が破壊される…

 人間、それがこの世で一番恐ろしいものだ。人間の欲は恐ろしいものだ、なんたって手に入れられるなら何だってするからな、人間は…」


 自分の人生を、覚えてる限りだが一から見直す。


 両親に置いてかれ、学校でいじめられ…欲のために動く人間が多数だった。更には自らの欲のために、同じ人間を恐怖に陥れる人達や、金欲が昂りフレンズまでも誘拐してしまう、そんな人間が…


 今は違うかもしれない、周りには受け入れる人達もいる…だけど、確かにあったんだ。

 時の流れの中に、そんな人間の汚れた欲が…


「人間への恨みは忘れてはならない…!私のずっと遠い孫も…お前の肉親もそうだ。私の遺伝子を持つからと言っても、結局は人間だ。欲には勝てずにお前を置いていった…

 父親は分からないがな…?」


 あぁ、確かにそうだ。

 欲を満たすために行動してきた人間も周りに沢山いたんだ。でも…今は。


「滅ぼせ…!人間を…!私と同じ、ニホンオオカミのフレンズ…メイ!」


「…ダメだよ」


 それだけはしてはならない。絶対に。

 心の中にそんな意志があった。

 思えばいつだってそうだった。確かに欲のために動いている人間はたくさんいた…


 でも、彼らがいなければ今の俺は成り立っていない。彼らが俺の人生に関わってくれたから、俺はアライさんと出会い、恋に落ちたんだ。


 そっと思い出す。

 街へ飛び出したあの時、あの夜。流星になんか目をくれないほどの不満。

 表面上は上手くいっていたのかもしれない…現に上手くいっていた、確かに友人関係だってそうだったんだ。


 でも、それでも不満だったんだ…

 それはきっと身の回りに欲まみれの人間がいたから、それもあるけど…

 きっと、俺自身が欲を持っていたんだ。

 変わりたい、変わりたいっていう気持ち、欲望が確かにあったんだ。


 だからこそ、出会うことは出来た…!


「絶対にダメだ…!滅ぼしちゃダメなんだ…!人間は確かに欲まみれかもしれない…だけど、欲に従い、自分を満たしたいって思うこと、そして行動すること…

 それできっと、幸せになれた人間、誰かを幸せにした人間もいるんだ…!


 誰だって心の中に欲はある。

 他人を傷付ける欲、そんな欲は捨てちまえばいいと思ってる…!そんな欲はいらない、現に俺が体験した…!

 自分から見れば他人がどうでもいいだなんて、思ってる奴は少なくはないかもしれない…だけど、そんな奴よりもきっと自分と同じように他人も幸せにしたい、そう願ってる人の方が絶対に多いはずなんだ…!


 俺はアライさんと出会う前、何に不満なのか分からなかった…だけど出会ってからわかった、俺は心から誰かを愛したかった…!

 こんな欲望、どうすればいいかなんて当時の俺はわからなかった、だから夜の街に繰り出したんだ…


 センだってそうだ。俺には正しいやり方なんて分からない…だけど、人を殺して、殺されそうになってマリさんと出会ったんでしょ…?でも、これ以上悲劇は繰り返してはいけない…復讐の連鎖が待っているだけだよ…」


 自分が思っていること、全部吐き出した。

 理解されないかもしれない、だって彼は愛する人を殺されたんだ…

 俺だってそりゃ相手を殺したくなるよ…

 でも、現代に生きる無関係の人達を巻き込んじゃいけないんだ。


「だったら…どうすればいいんだ、私は!!仲間も、愛する人もみんないなくなった…!私は…私は…」


「俺だってどうしたらいいかわからない…まだ俺は、言ってしまえばフレンズだっていうだけで養ってもらってるどうしようもない大人なんだ…わからないけど…でも…」


 ダンッ!

 言い終わらないうちに、目の前の彼が足を踏み鳴らした。目つきが鋭くなり、「グルルルル…」と唸っている…


「もういい、お前は戻れ…!…ただし忘れるな!人間への恨みを…!」


「待ってくれ!セン、きっと貴方も──」



 ◆



 …目が覚めたと同時に入ってきたのはアライさんの顔。

 え、これどういう状況?

 冷静になってみると、どうやら膝枕をされてる状態…って、大の大人がまたまた何やってるんだか。

 しかしこのシチュエーション…中々恥ずかしい…いや、やましいことは別に…ね?


「お、おはよう…アライさん…///」


「…良い夢見れたのだ?」


「…あまり良くはない、かな?…」


 結局病院で寝てしまったようだが、あまり時間はたっていないようだ。

 まだミライさんたちも到着していない。

 いや、到着してたらこの状況結構まずいんだけどね…?


「…そろそろ起きてもいい、かな?」


「嫌なのか?」


「…///」


「尻尾振ってるのだ、もうちょっとこうしていたいのか〜?」ニヤニヤ


 どこの狼に似たのか、随分と意地悪い部分があるようで…

 この状況は見られたら恥ずかしい、だけどなんだか心地良いし、暖かくて…

 自然に尻尾も振れてしまう。


「意地悪なアライさん…///」


「さっきから照れっぱなしなのだ…♪」


「…今度は俺がするから」ボソッ


「何か言ったのだ?」


「別に…なんでもないや」



 ◆



 この一件から、アライさんは少し大人びた。

 少しと言っても本当に少しなのだが、無闇にはしゃぐ事は無くなった。

 しかし、元気で、無邪気で、そしてなんと言ってもその特徴的な口調、一人称は変わらない。

 あまりはしゃがなくなったのはちょっと寂しいけど、どうなったってアライさんはアライさん、俺が愛してる人…


「今日も夕焼けは綺麗なのだ…メイ、明日は何をするのだ?」


「明日も気の向くまま、風任せでしょ?計画立てたって上手くいくわけじゃないんだしさ…」


 なぁんて、キザに言ってみちゃったりする。

 現在は夏も終わり秋、ハロウィンも近づいてくる頃。もう夏の暑さはすっかり無くなった。


 ふと、センを思い出す。

 …こうやって、愛する人と一緒に過ごしていたのに突然その幸せを奪われた彼…

 やっぱり俺だったら許せない、だけど…

 彼の心を癒す方法も、説得できる方法も見つからない…


「メイ…」


 いつか夢の中で会えたら、その時は──


「…!?」


 突然押し倒され、唇を塞がれる。

 ピチャ…ピチャ…と音が立ち、舌と舌が絡み合う。やがて舌と舌で糸を引き、ハァハァと

 荒い息を立てる…


「…どうしたのさ、急に…///」


 自分でも顔が赤くなってるのがわかる。

 それはアライさんだって同じだろう…


「…好き、なのだ…///」


「突然だね…?」


 数年前から聞いている言葉なのに、未だにドキドキする。心臓の鼓動が早くなる。

 ドク…ドク…と音が聞こえるほど、なんだか緊張しているようだ。


「気持ちに突然も何も無いのだ…♪」


「じゃあ、俺も好き…大好き」


「…照れるのだ///」


 この頃やけに積極的になってきた気がする。

 どういう事だかちょっと良く分からないけどね…うーん?

 キスしたばかりだからかな、あまり頭回んないや…

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