第73話 ずっと続くとは限らない

 それから私はニホンオオカミの名前からもじって"ニホ"の名でマリと暮らした。

 ずっと世話されっぱなしじゃあいけないと思い、森の中から兎などを狩って食べた。


 私は次第に彼女に心惹かれていった。

 相変わらず人間に対する気持ちは変わらない、しかし、彼女だけは違う。

 特別だった…


 彼女は私に時々話をした。


「人間って、なんでこんなにも争いたがるんでしょう…?戦争が起こって、人も死んでるのにやめようとしないんです…何度も、何度も繰り返して…」


 別の日には、別の話を。


「日本の外、海の向こうには日本と違う国があります。でも、日本となんらやってる事は変わりません。どこでも戦争は起こります。奴隷だって雇います…同じ人間同士、なんでこんなに争わなきゃいけないんですか…?」


 また別の日には、別の話を…


「人間は森を破壊し、自然を破壊します…他の動物の住処を追いやります。やがて、その動物は少しずつ数を減らして、いなくなっていくんです…皮肉なものですね、自然のままなら他の動物の手で絶滅することはないのに…」


 そして彼女の言葉の通り、徐々にニホンオオカミの数は減っていった…



 ◆



 そのまま数年が経った。

 有り得ないほど平和な生活だった。

 誰にも見つからなかった。森の中で見つかったなら即座に殺す…

 特に『人狼』目的でやって来る人間が多いのだから…


 数年の間に、私達は愛を育んだ。

 天から子供を授かった。大事に、大事に育てていった…

 思えば奇妙な縁であった、でも良い出会いだった…マリ以外の人間を私は未だに信じていなかった。


 そんなことをしてる間に、気付けばニホンオオカミは私だけ…独りになったのだ。

 いいや独りじゃない。

 私にはマリがいる、私にはこの子供がいる…


 しかし、そんな幸せは長く続かなかった。



 ◆



 ある雨の日のことである。

 私は食糧を確保するため、森に潜っていた。


「キャーッ!」


 私の耳は、雨音に紛れたマリの声を聞き取った。何かがあったのだ。

 全速力で家路へ向かう。念のため、彼女にバレないように耳と尻尾を隠して。


 家の前に立ちはだかっていたのは多数の人間…それも武装した奴らだ。


「ニホさん…!助けてください、この人達が人狼を出せと…!じゃないと、僕を殺すって…!」


「怖がらなくてもいい、マリ…落ち着け」


 すると、その総大将であろう人物が口を開く。


「おやおやおや、これは人狼くん…

 奇怪なことに人間の姿になって…人間と愛し合うとは、なんと愚かな…」


「…ッ!」


 歯を食いしばって怒りを堪える。

 ここで立ち向かっても勝ち目はない。

 数年前よりも明らかに武力が上がっているのがわかる。私さえ出ていけばマリ、そして息子は無事で済むんだ…!


「…ニホさん?」


「さて、人狼よ。大人しくこちらへ来なさい…」


「…」


「…ニホさん、なんで黙ってるんですか…?言ってくださいよ、違うって…ねぇ、ニホさん…?」


 ザッ、ザッ

 問いに答えず、一歩ずつ歩み出す。

 もうこれで終わりなんだ。


「ニホさん、なんで…?」


 彼女は怯えているようで、そして怖がってるように見える。

 もちろんそれはこの軍団に対しての恐怖も混ざっているのだろうが、独りになるのが怖い、そんな気持ちも混ざってる気がした。


 力を集中させ、耳と尻尾を出現させる。


「これが私の本当の姿…長い間、騙してしまってすまなかった…でもマリ。愛してる…これは真実だ…」


「ニホさん…!」


 カチャ

 銃を構える音が聞こえる。

 私は抵抗しない、もう撃て…


「貴様の首を差し出して、私は出世だ!」


 地位のためなら人間は…もういい、そんなことを考えるのもバカバカしい。


 ゆっくりと、銃の引き金を引いて…


 ──バンッ!


 銃声が響くとともに、私の体は横へと倒れた。私の体に衝撃が走った。

 痛みなどはあまり感じなかった。理由はわからない、と言ってもすぐに理由はわかった…


「…マリ……?」


 そこには、胴体を銃弾に貫かれたマリの姿があった…苦しそうに、もがいて呻いて…

 ゴフッ、ガフッ…

 と血を吐いて…


「…よ、かっ…た…ニホさん、が…無事…で……」


「…なんで、私を…私をかばって…」


「だっ、て、僕を……唯、一愛し……てくれ…た…じゃないで…すか…?

 人狼で…も、人、間でも…愛に理由は…い、らない…ゴフッ…!」


 途切れ途切れの言葉、吐き出される血液。

 幾多の血を見た、幾多の死体を見た。

 人間が死ぬことに、何も感じなかった…

 なのに、今目の前の彼女が死に行くことに対して…私は…悲しみと恐怖を与えられている…


「い、今手当てしてやるから…な?

 ほ、ほら…無理に喋らないで、安静に…して…ね、ねぇ…?マリ…?」


 あまりに突然の事で頭が回らない。

 目の前の彼女がこんなことになっているのに、これは夢だ、夢だと思っている自分がいる…夢じゃなくたってまだ助かる。

 そんな淡い幻想を抱いている自分がいる。


 分かっているはずだ、生身の人間がこんな銃撃をうけて無事でいられるはずが…


「ぼ、く…ゲホッ、あなたに…あえ、て…

 良かった…」


「あ、あぁぁ…ぁぁ…アぁ……」


 徐々に冷たくなっていくマリ。

 段々、私の中でなにかが崩れ去っていく…

 彼女はゆっくり、ゆっくりと微笑んだ…

 とびきりの笑顔で、お別れしようと言わんばかりに…


 やめろ…やめてくれ…嫌だ…!


 ──ありがとう


 その言葉を境に、彼女は永遠の眠りに着いた…その彼女の目からは、一筋の涙が零れた…


「…私こそ、ありがとう…天国で待っててくれ、見ていてくれ…!」


 ゆっくりと立ち上がる。

 獣はその目に涙を浮かべ、そして光を灯して…今正に、人間を滅ぼさんとする。


「別れは済んだか…?ハハッ、冗談だ、時期にお前も送ってやろう…」


 無言で地を蹴る。

 まずは前列にいる兵士を1人、2人、と切り裂いていく。それも圧倒的なスピードで。

 追いつかない、追いつくことはない。

 鮮血が飛び散り、悲鳴が飛び交い、

 銃声が鳴り響き、私は叫び狂い…


 数分の間に幾多もの死体が積み重なった。


「グルァァァァァァァァァァ!」


 私は身体中のエネルギーを振り絞り、その場にいる人間をできるだけ多く殺そうとした。

 出来れば全員、全員殺したかった…!


 しかし、時間切れが来てしまった…

 急に身体が重くなる。飛ばしすぎてしまったようだ…

 銃を構えられ、引き金を引かれ…


 …バンッ!…バンッ!


 幾多もの銃声が響き、そして銃弾が私の身体を貫通して…


「ガフッ…!グ、ルァァ…!!」


 滴り落ちる血液、私はどうしようもなかった。私は最後の力を振り絞り、その総大将をこの手で殺そうとした…


「ふん、口ほどにもないな…死ね」


 その言葉が聞こえた直後、一つの銃声が響いた…



 ◆



「多数の人間が死に、女も殺された…

 しかし、我が手柄により見事人狼を討伐…!攫われていた子供も確保…」



 ◆



 人間など、所詮自らの欲に駆られて動いてるに過ぎない…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る