第72話 助けてくれた人

それからは森の中をさまよい、人に会えば殺し、また殺しの繰り返しだった。

どうやら街の方では『人狼』なる噂が流れているみたいで、討伐目的・肝試し目的で来る人間が特に多かった印象だ。


そんな日々を繰り返しているうちに、あることに気付いた。

どうやら『自分は人だ』と強く意識すれば耳と尻尾が消えてしまうらしい。不思議な体である。

一瞬焦ったが戻せたので、街に侵入してちょっとずつ勢力を減らすのもいいだろう…





「ハァ…ハァ…クッ…ァ」


少々無茶をしすぎてしまった。

かなり消耗してしまった、そのせいからか痛みもより一層激しくなる。


街に潜入した私は、普通の平民を装い、見えないところで…というやり方をしていたのだが、油断していた。

私は目を付けていたらしい、その現場を目撃され、駆けつけた軍隊…というか、私のためだけに作られた討伐隊のようなものだろうか?


ともかく、大量にやってきた人間に大量の弾丸を浴びせられた、ということである。

余力を絞り込みなんとか森へと逃げ帰ったのだが、もう無理なのかもしれない。


多量の血液が私から滴り落ちる…

きっとその血の跡を追ってくるだろう。

私はもう終わりだ。


ドサッ、と地面に倒れ込む。意識が朦朧としてきた。足音が聞こえる…お迎えのようだ。

結局獣は人間に勝てなかったんだ…

私は静かに目を閉じ、人生の最期を迎えようとしていた…





気が付けば、本当に気が付けばである。

木目の天井がまず目に入った。自分の手を見て確認する。どうやら私は生きていたようだ。そして単純な疑問を抱いた…

ここはどこだろうか?


「目が覚めましたか?」


その声とともに現れたのは、長い黒髪が特徴的な、人間……ニン…ゲン…!!


「…ッ!ァ…」


「あ!あまり動かないでください!傷に響きますよ」


大怪我のせいでまともに戦うことも、ましてや爪を振ることすらも出来ない。

この女は何を考えているんだ…

私を捕獲して、それでリーダーに献上するのか?それとも何か?煮て焼いて食おうという魂胆なのか…?


「あなた、あそこの森で倒れていたんですよ?あんな大怪我で…何があったんですか?」


「…それより、何故私を…」


「死にかけてる人を放っておくなんて、人間としてどうかしてますよ…人間同士、助け合わなきゃ!」


なんて口では言ってるが、心の中ではどうなのだろうか?どうせろくな事を思っていない…ところで。

『人間同士』

確かに私の耳にはそう聞こえた。

どうやら私の耳、及び尻尾は都合の良いことに隠れている状態だったようだ。


なので人間に見えている、らしいが…

目をつけられるほどの存在だ、まさか本当に人間だと思っているはずがない。

それにあんな大怪我で今生きているんだぞ…?包帯グルグル巻きだが。

やっぱり、後で何かが…


やがてその女は小さな木製のお椀を持ち、こちらへとやってきた。


「食べますか?僕、貧乏なのでこれしか出せるものがありませんが…」


それは米粒が数えられるほどしか浮いていないような、お粥であった。


「…何故食わない。私のような見ず知らずの人を平気で家に上げ、何故食事を与えようとする…」


「健常者より目の前の怪我人を優先するのは当たり前じゃないですか…もう、冗談はよしてくださいよ〜」


…私は信じられなかった。

人間。いつでも争い、憎んで騙して自分が上に立とうとすると思っていた。

しかし、この女のように下であっても人にやさしく、獣にやさしく出来る人間がいたのだ。


「涙…」


「え?」


「涙が出てますよ…?悲しいこと、あったんですか…?」


「…何でもない」


腕で擦って涙を拭き取る。

何故涙が…


「でも私は大丈夫だ…貴方が食えばいい。

きっと生活が苦しいだろう?私なら平気だから…」


「駄目ですよ!ちゃんと食事を取らなきゃ!それに、見るからに何も食べてなさそうじゃないですか!」


「何も食べてなさそうって…アハハ。

それではお言葉に甘えて…すまないね」


そのお粥は味はあまりしなかった。

しかし、どこか優しい、優しい味がした。





それから数日がたった頃である。

もう傷も完治した。迷惑にならぬようここから出ていかなければならない。


「本当に行っちゃうんですか…?」


「あぁ、貴方に迷惑をかけてはいけないから…」


「迷惑だなんて、そんな!」


「現にそうじゃないか、貴方はこんなにも貧しいのに私に食事を与えてくれる、自分の事など気にもかけないで…」


下駄に履き替え、今正に扉を開けようとした時である。

その女は後ろから抱きついてきたのである。

何たることだろうか、まだ出会って数日なのだ。


「…何故あなたがあんな大怪我で倒れていたのか、僕にはわかりません…

だけど、きっと何かから追われていたとか、暗殺されそうだとかそんな理由ですよね?


僕は放っておけません。いつかまたあんな怪我を負って、死んでしまったら元も子もありません…僕が、僕があなたの世話をします。決して独りで抱え込まないでください。僕がいますから…」


それは彼女の、心からの気持ちだった。

私は目を付けられている…

外に出て少しすれば殺されてしまうかもしれない、かといってここにいたら彼女にも迷惑がかかるかもしれない…

彼女に迷惑をかけてはいられない…


だけど…

ゆっくり立ち上がって振り返る。

数日間見た彼女の顔が私の視界に入る。


「…やっぱり行っちゃうんですか…」


落胆するその彼女。

私は少し息を吐いて告げる。


「…冗談だよ、冗談。

やっぱり、もうちょっといようかなぁってさ。私は好奇心が強くてね…

まだ、貴方のことが少し気になって仕方がないんだ」


少し驚いたような表情だったが、やがて、徐々に笑顔になっていく彼女。

彼女は私に言った、放ってはおけないと。

それは私だって同じである。そう気付いた。

何たって、こんなに人柄が良い彼女がこんな貧困生活を強いられているのである。


私には放っておく事が出来ない。


「良かった…!僕、少し寂しかったんです…ずっと独りで生活していて…

あなたに出会ってから、気が楽になって…

僕はワガママです、だからもっと話したい、独りになりたくないって気持ちが強くなっちゃって…引き止めちゃったけど、大丈夫かなって…あ、先程の言葉に偽りはありませんよ!全部僕の気持ちです…!」


私はここに留まることにした…

もちろん、迷惑のかからぬように何かしらの配慮はすることとしよう。

独りの彼女を支えられるならば、本当に私で良いならば支えよう…


「名前、聞いてなかったね…?貴方の名前は?」


「マリです…!あなたの名前は…なんですか?」


「…気軽に、ニホさんと呼んでくれて構わないよ。」


「ふふ、ちょっと変な名前ですね?」


「なっ!」


確かにネーミングセンスは疑うべきだな…!


ふと、疑問を抱いた。

私はこれまで人を殺してきた。

目の前の彼女と同種の人を。

彼女がそれを知らないとはいえ、人を殺し人に匿ってもらうなんて虫がよすぎるのではないか?


「…本当に、私はここにいていいのだろうか」


「…良いんですよ、あなたがよければ」


何だか少し安心した…

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