第71話 復讐の始まり

 西洋犬の輸入や人間の乱獲によりニホンオオカミが数を減らし、もう残り僅かという状況の時だった。

 一つの流星が降り注いだ…


 私は人間に殺されぬよう、用心深く生きていた…それも厳しくなった頃だった。

 仲間が目の前で殺されていった…

 私達の終わりがもう時期来る。いざそんな現実に直面するとなると、私は怖くてたまらなかった。


 仲間はもう、残り僅かしかいない…

 絶滅の道をたどるしかない、そんな現実…


 私はふと空を見上げた。

 夜空には丸い満月、そして幻想的な流星…

 私達は何のために生きてきたのだろうか?

 段々、段々灯が近付いてくる。

 どうやら人間達のお出ましのようだ…


 その流星もこちらに段々近付いてるような気がした…



 ◆



 気がついたら、である。本当に気がついたらだ。どうやら私はそれまで意識がなかったようだ。やがて私は体の異変に気づいた。


「…あ、あぁ…」


 人間の声が出せる。二足歩行ができる。

 間違いない、私は人間になった。

 あれほど忌み嫌っていた人間に…


「貴様、何者だ!」


 先程の灯の主だろうか、数人の人間がこちらを見て身構えている。

 その腕に銃を構え…


「お、おい、なんだあの耳は…!」


「人狼か…?本当に存在していたとはおめでたい話だ」


「合図とともに撃て…容赦はするな…」


 間違いない、警戒されている。

 私は人間になっても人間に殺されそうになっている、そう本能的に感じた。


 何故…だろうか。

 同じ人間なのに殺し合うのだ。他の動物だけじゃ足りないのだろうか。

 狂っているのだろうか?私には理解ができなかった…


「…貴様、質問に答えろ!」


「…私は…」


「ふん、喋れるのか…人狼…

 まぁ良い、人狼だろうと妖怪だろうと関係はない、どの道ここで倒れ行く運命さだめ…!!」


 人間が銃を構える…容赦なく私の身を穴だらけにしようとしているのがわかる。

 私もついにここまで…


 …なんて諦めることはしない。

 憎き人間には屈服したりしない。

 私は…生きなければならない。


「…悪いが死ぬわけにはいかない…」


「撃て!!!」


 銃声が響く。

 私は自分でも信じられないほどの速度で、

 地を蹴り、宙を蹴り駆け抜ける。

 オオカミの時よりもどうやら身体能力はかなり上がってるよう…なんて呑気に考えられるほど余裕であった。


「は、速い…!」


「気をつけろ!何か仕掛けてくるつもりかもしれぬ…!」


 人間達の心が恐怖に染まっていくのがわかる。その道具一つで必死に強がっている人間達。そうだ、何故私達は道具で屈服しなければならない?


 人間など脆いものだ…


 再び駆け出す。こちらからも仕掛けてみるとしよう。まずは爪を構える…

 獲物を狩るのだ…

 本来なら群れでハンティングをするのだが、もう仲間も少ない…だからといって逃げても無駄だ。


 そもそも、私自身がとても高揚している。

 標的を絞る。この爪の記念すべき一人目の犠牲者はお前だ。


 ブォン!


 私は無言でその体を切り裂いた。

 言葉が出るよりも早く断たれ、鮮血が飛び散る。私は楽しんでいたようだった。

 ビチャ、ビチャと体に降りかかる。

 ただ、ひと舐めしてじーっと見つめる…


「ヒッ…!」


「こ、殺される…!!」


 人間がそれを言うのか、私は正直そう思った…それでも、それでも銃を構えて放ってくる。私は銃弾を避ける。何故だか笑みがこぼれて止まない。


「目の前で同族が殺される気持ち…お前らにはわかるか?」


「う、うるせぇ!うわぁぁぁぁ!」


 気が狂ったように銃を乱射する男。

 この男には最後まで絶望を味わってもらおう…

 お次は指揮官っぽい人を狙おう。

 頼もしいリーダーがいなくなった時こそ混乱し、惑うものはない。


 大きく飛び上がり、狙いを定める…

 お次はこの牙でズタズタさ…


「今だ、狙え!狙えェェェェェェ!!」


 リーダーが指揮をしても誰も撃ちはしなかった。次は我が身か、食うなら他人にしろと言わんばかりの表情だ。

 戦意を失ってるその顔、絶望するその顔が見たかった…!


「何をしている!早く、早く撃てェェェェェェ!!」


 急降下し、鋭い牙で喉元を噛み切る。

 おっと、予想以上の威力だったな…?

 首と体がおさらばしないように気をつけろよ?


「グ…ガ……ァ…?」


 遅かったようだね、まぁ良いだろう…


「それにしても不味い肉だ…フン、人間の汚い部分の塊みたいな味だな」


「ヒ…!ば、化け物っ…!!」


「化け物だろうがなんでも良い…さて、お次は誰だ?」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 狙い通りだ。リーダーの喪失がトリガーになり、バラバラになって逃げ惑う。

 もちろん逃がすはずがない…逃げられない…



 ◆



 それから、私はただひとりを除いて殺した。

 背後から裂いたり、あるいは牙で噛みちぎったり、もしくは爪で痛めつけてからジワジワと…

 あんなに憎んでいた人間が、私の手によって面白いように死んでいった。


 そして、最後のひとりが残った…

 それは先程、気が狂ってしまった男。

 もう腰が抜けて立てないようだった。

 ジリ…ジリ…と後退りをする。


「来るな…来るなぁ…!!」


 恐怖、絶望、そして憎悪。

 そんな感情が顔に出ていた…


「…良い顔だねぇ…ハハハハ…!」


「何がおかしい…!何が憎くて、こんな仕打ちを…!!」


「おや、被害者ヅラをしているようだが…

 真の被害者は私達オオカミなのだよ…」


 私は満月を見上げる。綺麗な、本当に見事な満月だ…


「私達が抱いていた感情…お前が今抱いてる感情と同じなんだよ…

 どうだ?ひとりになったご感想は??

 寂しいだろうねぇ…ハハハ…」


「…お前は何者なんだ…!!」


「死に行く者に名乗る必要があるか?

 …おめでたい頭だな…」


 そう言って人間の方を振り返った時だ。


 バァン!

 …銃声が聞こえた。

 見事にクリーンヒットだ、私の胴体に風穴が空いた…

 衣服に血が滲む…

 その男は甲高く笑う。


「ハハ!ざまぁみろ!化け物であろうと所詮人間には勝てない…!」


 私を襲ったのは激しい痛み…ではなかった。

 不思議なことに、少ししか痛みは感じられなかった、といってもかなりの痛みである。

 それでも、人間をあと何匹か殺せるほどには余力はあった。


「残念だったな人間…私はこれほどでは死なぬ。あの世で悔いろ。」


 血濡れの爪を大きく振り上げた…

 満月の光を受け、キラキラと輝いていた。


「や、やめろ!!俺にはまだやることが──」


 ──最後まで言い終えることは出来なかった。



 ◆



 最後まで醜い人間だった。

 世の中にはまだそんなやつがたくさんいるんだ。本当に罪深き種族よ…

 私はその種族を滅ぼさなければならない。

 同族のために。人間以外の種族のために。


 私の復讐は…ここから始まった。

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