第70話 狼
気が付くといつものあの空間にいた。
どうやらアライさんに撫でてもらっているうちに夢の世界に飛び込んでしまったようだ。
大の大人がなんということだろう…
しかし、いつもと違う部分がある。
それは目の前に背を向けて立つ男。
俺と同じ茶髪、しかし長さは肩を若干通り越したほどだろうか。
少し雑に袴を着込んだその男、特徴的なのは俺と同じく獣耳と尻尾を生やしている部分だ。
「…もう分かっただろう?」
その男はゆっくりと語りかける。
男の声は昔に数度、ついこの間に一度聞いたあの声だ。
「君が朝聞いたとおり、昔に一度サンドスターが降ってきたのさ…」
「…ご先祖様、と言ったところか?」
「そうだねぇ…」
その男──自分の先祖と思わしき男は数年の謎を相槌一つで解決してしまった。
意外とあっさりであった。
しかし、だ。
最近になってこの男の謎が増えたばかりだ。
その男はゆっくりとこちらへ歩み寄る。
この際だ、俺は質問をぶつけるとしよう。
「えぇと…ご先祖様…?あなたは何故」
「聞きたいことはわかるぞ。何故私が人間を恨んでいるか、だろう?」
「…正解」
夢の中の先祖は何でもかんでもお見通しってわけか…
「君は無性に人間が恨めしくなったことはないか?今一度振り返ってみろ…」
その先祖が指を鳴らすと、今までの記憶、場面が車から見た景色のように流れていく。
「…!これは…」
あまりの出来事に開いた口が塞がらない。
まるで幻想の世界、まぁ実際夢の世界にいるんだけどね…
その中には見知らぬ男といる俺の姿も少しだけ見られた。
「さて、この前のことは謝るとするよ…
取り乱してすまないね、しかも久しぶりだったのにね…
話をする前に…私の名前が分からず呼びにくいだろう?先祖だけにセンとでも呼んでくれ…」
「…セン」
「では話の続きだ…」
センはまた指を鳴らし、場面を転換する。
その場面…記憶は、アライさんに会ったばかりの昔の俺の記憶。
丁度テレビを見てる頃だ。
あぁ、懐かしいな。思えば今まで何かにとりつかれたようにテレビを見ていたんだっけか…
『反フレンズ運動が各地で…』
「たしかにあの時、君は人間に憎しみを少しだが持ったはずだ…」
『騙し合い、憎みあい、殺し合い…』
それは俺の心の声だった。
今思えば、なぜ自分でもあんなことを思ったのかわからない。
だってあの時は人間だろう?
憎んでるのは俺の方じゃないか…
『人間なんて…滅びれば…いいのに…』
…え?
今確かに、確かに聞こえた。
昔の俺の口から、その言葉が放たれた。
「…なんだよ、これ」
「私には分からないな?…まぁ、後々わかるかもしれないぞ?」
「…次」
「君はせっかちだな…」パチン
場面が切り替わった…ん?
これ今の空間じゃないか…?でも昔の俺…
『解放せよ…お前の内なる野生』
『え、それって性「スキップして」
「すまない」パチン
◆
先程のは見なかったことにしよう。
そうした方が俺の名誉が傷つかない。
さて、次なる場面は…
「う…」
そこはあの路地裏、思い出したくもない。
それに今ちょうど、事を終わらせ…っ!!
「厳しいか?そりゃそうだろうな。
君が彼を殺した時、既に私が意識を乗っ取ってやった…君が生身の死体を見るのは初めてじゃないのかな?」
「なんて趣味の悪い…」
「念のために言っておくが、やったのは君だぞ…」
「う…」
正直吐きそうだ。自分がやったこととは思えない。なんだよ…何やってんだよ俺…
「まぁ例の銀行強盗…あれは君の意識があったから殺せなかったがな…?次行くぞ…」パチン
次に写ったのは組織…あの組織である。
滅ぼしたと思っていたあの組織。
憎きあの組織。
「フレンズ達を平気で攫う人間達…憎いね?君も当時そうだったんじゃないかな…」
「…憎いのはそういうことを平気でする人間達だ、それはごく一部しかいない…!」
「さて、どうだろうね…」
センは少し俯く。
ここで空間は再び真っ暗になる。
「ここで君も疑問に思っていたことがあるだろう…?何故君は撃たれたり刺されたりしても死なないのか…いくらフレンズが頑丈とはいえ、おかしいんじゃないか、とね?」
実は薄々感じていた。
本来なら凄まじい痛みを伴うはずの攻撃ですらあまりダメージが通ってないのだ。
実に不思議なことだ。
「…サンドスターというのは本当に不思議だな?未だに解明されてない謎の一つだ…
私はフレンズの源であるサンドスターの流れを操ったのさ。君がダメージを負う度に、サンドスターの流れを上手く操ってダメージを極力抑えた…
ま、代わりに君の情緒と精神が不安定になったがな…」
「あなたが…」
センはただ上を見つめる。
上…と言っても真っ暗だ。上を向いたって何も見えたりはしない。
「人間は罪深いよ…私達動物は自然の下に暮らしてきた。」
気付けばそこはどこかの草原だった。
青い空を臨む雄大な景色。
風が心地よさそうな丘。
「人間…人間のせいですべて変わってしまった。私達ニホンオオカミも滅びた、多くの動物が滅びた…!!
人間さえいればきっと滅びることは無かった…!!
人間は脆い、弱い!なのにあいつらは道具一つで多くの命を奪っていくんだ!!」
吐き出すように言葉を放つセン。
黙って聞くしかなかった。
いつしかその景色は、炎に包まれていた。色んな動物が炎から逃げる…
「仲間は目の前で殺された…!
いくつもの命が散っていった…!あいつらは平気でその引き金を引くんだ…!バァン、バァンといくつもの銃声が響いた…!!
それだけじゃない、あいつらは自分の縄張りを広げるために他の動物の縄張りを取っていった…!
君はいつかこんな言葉を聞いたことがあるだろう!?
けものはいてものけものはいない…
人間は獣をのけものにしやがったんだ…
確かに今になってようやく保護し始めたさ!だかな、もう遅い、遅すぎる…!
今までどれくらいの動物が絶滅したんだ…?絶滅してからじゃ遅いのによ…」
全て、全てを吐き出そうとする。
涙を流しながら…
いっそこんな心を空っぽにしてほしいだなんて、彼は思ってるのかもしれない。
俺は黙ってセンに近寄る…
彼が生きている頃、辛い出来事がたくさんあった。それも今じゃ想像出来ない。
俺なんかとじゃ比べ物にならない、だけど…
励ますことだったらきっと…
彼の肩に手を置く。
「確かに人間は身勝手だよ…
だけどね?人間は俺達にあるプレゼントをしたんだ。分かる?…豊かな感情だよ。
その感情があるから辛いだなんてセンさん、あなたはそう思ってるかもしれない…
けど、センさんにもきっと嬉しい時があったはずだ。誰かと一緒にいたいっていう気持ちも、誰かを愛したいっていう気持ちも…
きっとあったでしょ?
それにね、今こうやってセンさんが俺の中にフレンズとしていられるのも…皮肉だけど人間のおかげ。俺がいられるのも人間のおかげだよ…
なんたってフレンズは、動物が人間になったものだからね…?」
「…私だって愛してた人はいたんだ…
でも、もうそんな感情二度と抱きたくない…辛い思いなんて、したくないんだ…
人間、なんて…」
涙を拭って、やがて冷静になった彼は過去の話を始める。
「…すまないね、取り乱して…」
「大丈夫ですよ、センさん…」
今、彼の辛い過去を聞けるのは俺しかいない…
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