第69話 一時

 結果から言うと…アライさんは助かった。


「生活環境の大きな変化によるストレスでしょう」


 と俺は聞いた。

 かなり珍しいほどの高熱だったらしい。まぁ、フレンズとヒト比べても意味無いような気がするけど。


 病室の寝台で今は安らかに寝息を立ててるアライさん。

 なんで今朝はあんなに寂しそうな顔をしていたんだろ…

 髪をそっと撫でた…


「ごめんね…」



 ◆



 それからしばらく経った時だろうか。

 病室の戸を叩く音が聞こえた。

 どうやら客人らしい…

 この分だとフレンズが搬送されたことを聞かされたミライさん、もしくはカコ博士か…


 ガラッ!


 その扉は乱雑に開けられた。

「入るぞ」という声と共に。


「…テルア」


「これ…持ってきてやったぞ、土産というやつだろう?」


「見舞いの間違いだろ…なぜここにいると分かった?」


「風の噂でな…」


 噂というのは本当に恐ろしいものだ。

 さて、テルアがここに来たということは十中八九あの話の続きなのだろう。

 しかし今はやめて欲しい、この状況だ。


 ただ、アライさんの傍にいなければならない。彼女は弱っている。


「この前の話の続きだが…まぁてめぇのパートナーが寝てる内にやっちまった方がいいと思ってな?

 だっててめぇ、そいつとずーーっと一緒にいるだろ?」


「なっ…そんなわけじゃねぇし」


「図星だな」


 しかし、アライさんが寝ている内にした方がいい話、というのは何だろう?

 アライさんに不都合になる話?

 それとも…別の何かが…


 テルアは病室の窓に向かいゆっくりと歩き出す。やがて、窓の外、どこか遠くを眺めていた。


「現実ってのは非情だよな…反フレンズ運動、未だに続いてるんだぜ?まぁ確かに弱まったがな…」


 なんだか胸騒ぎがしてたまらない。

 ここ数年は何事もなく、それこそ平和に暮らしてきた。最近になってからだろうか、色んな出来事が起こりつつある…


 不安で不安で仕方が無い…


「…SNSに載っけた馬鹿兄貴に返ってきたのは意外な言葉だったのさ」


『別に良くね?』『たかだかフレンズだろう?』

 心無い言葉が彼の胸に突き刺さったという。


 攫われているのが同族の姿をしてようと、違う種族ならば知らんぷり。

 もちろん、そんな人ばかりではなかったはずだ。ただ、あまりにも多すぎた、多すぎたんだ…


 反フレンズ運動の効果は確かだった。

 数年前にはフレンズが入れない店舗も出現、更には俺だって一度はバイトを辞めさせられたさ…

 複雑だった、とても複雑な気持ちだったよ…


 彼、カエデという男もきっとそんな気持ちを抱いていたのだろう。


 テルアは長いため息を吐いて話の続きをする…


「馬鹿兄貴は自分だけで調査を続けたさ。俺らを頼ることもあった。だかなぁ、俺らはなーんもできなかった。あまりにも無力だったのさ…」


 そしてある日のことであった。

 ある一通の手紙が届いたという。


『これ以上我々の事を探ると言うならば、こちらも全力で対抗する。

 夜道に気をつけることだな…』


「…気付かれていたのか」


「そういうこっちゃな…

 それからさ、家に石が投げ込まれたり、落書きされたり、生ゴミが置いてあったり…

 正直、組織ぐるみでSNSの嫌がらせみたいなしょーもないことをするのもあれだと思っていたんだが…馬鹿兄貴も精神的に来てたみたいでな」


 ある日、とうとう彼は耐えきれなくなる。

 卒業式の日、彼は学校を去るとともにこの世も去ってしまったという…


「非力なもんだよな、俺だって口だけだ…

 あーバカみてぇだよな〜」


 少し明るく、そしてチャラく言葉を放つテルアだったが、若干悲しさも混ざっていたような気がした。

 でも俺は知っている。

 まだ出会って数日しかたっていないが知っている。


「そんなことないさ…テルア、君には思いやる心があるじゃないか…

 少し暴力的になりがちだけどね?まぁそれは俺も同じなんだ。


 今だってカエデのために動いている。

 憎まれ口をよく叩くなんて自分では思ってるかもしれないね、だけど君は…」


「よせやい、恥ずかしいだろうが」


 窓に背を向け再びこちらへ戻ってくる。

 アライさんが寝てるかを確認しながら。


「…さて、ここからが本番だ」


「どういうことだい?」


 目の前の彼は軽く深呼吸する。

 よほど重大な話らしい。気のせいかこちらまで緊張してきてしまう。


「あの組織…てめぇが滅ぼしたんだっけな?」


「…なんでその事を」


「調査済みだ。まぁこっちの方でなんやかんや言うつもりは無い。問題はここからだ…」


 ごくり、と唾を飲み込む。

 アライさんに聞かれてはならない話、

 聞かれては都合が悪くなる話。


 そこにいるのは出会って数日の人だ、

 騙されたっておかしくはない…

 だけど、なんだか信用ができる。信頼できる。


 胸騒ぎがするのがわかる。自分でも信じられないほど落ち着いてられないようだ。

 早く、早く言ってくれ。

 そんな気持ちが体中を駆け巡る。


「簡単に言うぞ…」


「…」









「あの組織は滅んじゃいない」



 雷に打たれたかのような衝撃だった…



 ◆



 自分でもおかしいと思っていた。

 裏社会を牛耳る組織、確かにヒグマはそう言っていた。

 なのにあんなにあっさりと倒壊するか?


 ボスだってあんな腰抜けだった。

 あんなので統率できるとは思えない。


 俺は気付いていなかった…いや、ただ単に

 だけなのだろう。


 確かにアライさんに聞かれたら不味いことになる。


「その組織はまだ活動は活発じゃないようだぞ…だかな、いずれ活発になっていく…

 気をつけろ、特にてめぇはマークされるようなことをしているんだ…」


「…」


 あまりの衝撃に言葉も出なかった。

 理解したってし切れなかった。

 俺は人一人を「組織のボスだから」という理由で殺したんだ…


 間違った正義感に囚われていた、ボスじゃないやつを殺したんだ…

 ボスじゃないからどうとかいう問題ではない、そいつは逃げようとしてたんだ、捕まえて贖罪させれば良かったんだ…


「さて…俺はもう行くとしよう。ま、てめぇのパートナーと末永く、な?」


「ごめん…今ちょっとそんな気分じゃないかな…」


 すると、テルアはムッとした表情で


「…空気が読めなくて悪かったな」


 と言葉を残し足早に去っていった。



 ◆



 しばらくしてアライさんが目を覚ました。


「んぅ…ここは…?」


「アライさん…良かった、無事で…!」


 堪らずアライさんに抱きついてしまった。

 医者だって言ってたじゃないか、大丈夫だって。

 でも、それでも俺は心配だった。


 二度と独りになりたくなかったんだ。

 極端と言われるかもしれないが、俺はアライさんという存在がいるから生きてられると言っても過言ではない。


「…全く、メイは心配性なのだ…ふふ」ナデナデ


「…むぅ///」


 抵抗もせずに頭を撫でられるがこれはこれでいいだろう。

 どうもこの体になってからは撫でに弱い。

 カオスな絵面だが、アライさんの近くが一番安心する…

 もっと…傍に…


「…あれ、メイったら寝ちゃったのだ…」


 いつの間にか意識は夢の世界へ飛んでいたようだった…

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