第66話 捜し物

"カエデ"


聞いたことのない人物である。

しかし、何処からか懐かしさを感じる響きだ。

サーバルちゃんも証言してる、さらにその家族と思わしき人達も俺とカエデは知り合いだと言う。


どういうこと…なんだろう?


目の前に立つその人は間違いないと言わんばかりの表情でこちらを見つめる。

不意に怒りが湧いてきた。


何故この人は俺に関わってくるんだ…

今アライさんと楽しんでるところなのに…


"カエデ"のことは気になるが、こんなに

鬱陶しいと流石に腹が立つ。


「…行こう、アライさん。こんな事をしてる暇はない」


後ろを振り返り、アライさんの手を掴み

別の方向を進もうとする。

アライさんも「あ…メイ…」と困惑しつつも歩み始める。


「おいコラ、待てや!!」


荒々しい声とともに胸倉を掴まれる。

繋がれた手を離してしまう。

突然の出来事に驚きを隠せなかった。

しかし、すぐに怒りは湧いてきた。

胸倉を掴み返し


「なんなんだお前は!俺の邪魔をしてぇのか!?そんなに俺の怒る顔が見てぇのかよ!?ふざけんじゃねぇ!お前のよくわからない都合に何故俺が付き合わなければならない!!俺は覚えてねぇんだ!いい加減にしてくれ!!」


怒鳴り散らす。

通行人がこちらをちらっと見るが、すぐに

前を見て歩き出す。


正直言ってこの人は嫌いだ。

自分の見解で自己中心的に、荒々しく、暴力的に、物事を解決しようと…


──違う、それは俺じゃないか。


昔からそうだった。

中学校の頃はそうでも無かった。

しかし、フレンズの力を得てからというもの、その力に慢心していた。


慢心からか、暴力的に、自己中心的に解決しようとしてるんじゃないか。

この今の一瞬でさえそうである。


腕を離す…

後ろを見れば、アライさんの怯えた表情。

…俺は守ってあげたい、確かに高校生の三学期にそう思っていたんだ。


非力な彼女を、この手で…


いつからだろう。

暴力を守ることと勘違いしていたんだ。


守れてないじゃないか…!!

現にこうやって怯えてんだ…

安心もさせられないで、何が守るだ…!


「…すまない、ついカッとなった…

アライさんも、ごめんね…

せっかくのデートを、こんな形で台無しにしちゃって…」


それでも、俺は決着はつけなければならない。

逃げていたって解決には至らない、

かといって暴力で解決はしない。


力ではない、言葉で解決しなければならない。


「…さっきから言っている"カエデ"という奴は…俺は知らない。

いや、忘れているだけなのかもしれない…」


一度事故にあっているんだ。

トラックに轢かれたんだっけかな…?

きっとその時に頭打って忘れてるのかもしれないね…


…都合良くその記憶だけ吹き飛ぶなんて考えられないけど。


「俺も協力したいけど…まずは聞かせてくれ。何故"カエデ"について探っているんだ…?目的を教えて欲しい。そして君は誰なんだ?」


「…すまねぇな、つい俺もカッとなっちまってよ」


目の前の男はついに手を離した。

大きなため息を一つつく。

頭を掻きながら、その男は口を開く。


「まずは自己紹介からだな…

馬鹿兄貴の"カエデ"の弟のテルアだ。

…聞いての通り、俺の名前は外国製だ」


テルアは少し落ち着いた様子で、しかしそわそわしている。

そんなにも兄が気になるのか。

口や態度は不良のようだが、中身は兄思いのイイヤツじゃんか…


「それでだ。馬鹿兄貴についてだ…

話が少し長くなるが、聞いてくれるか?」


「もちろんだ…」


テルアは何故"カエデ"について探るのか、

そして"カエデ"とは何者なのかを語り始めた…





「いつの間にか雨が上がってるねぇ〜?」


窓の外をぼんやりと眺める金髪の少女。

大きな耳が特徴的な彼女の隣には、

一人の飼育員と思わしき人影。


「そうですね〜…雨は好きなんだけどな〜」


雨が好きと語る飼育員も、また一人の少女である。

いや、少女というには少し年齢が高いのではないか?

セミロングヘアの少女はおもむろに立ち上がり、問いかける。


「外に行きますか?それとも…まだ話の続き、しますか?」


「私はしていたいなぁ〜…」


金髪の少女、フェネックはそう言ってまた話の続きを始める。

何の話か、というのは聞いてみた方が早いだろう。


「もう何年になるのさ〜…私だって叶わない恋って分かってる…あの子はもう想い人の傍にずっといるって宣言したから…」


「辛いですね…僕はそんな経験はしたこと無いですが、そんなこと起きたら立ち直れなくなってしまうかも知れません…」


こんな話を今したところで傷が癒えるわけじゃない。

それに、私が勝手に好きになって、勝手に傷付いただけなんだ。


「早く切り替えなきゃって、何年も思ってるんだけどねぇ…」


大きく息を吐く…


今は友達として付き合っているが、

たまに感情が暴走しそうになる。

必死に抑えながら今日を生きているわけだけど、正直辛い。

けど、私は一緒にいるだけで嬉しい。

あの子の幸せを願っているつもり…


「…気分転換にどこか行きますか?」


「私はいいかなぁ…ちょっと眠たいや…」


フェネックは腕を広げて欠伸をする。

丁度昼時である。昼寝をするのには丁度良さそうだ…

ゴロンと寝転がる。


今どこで何してんだろ…?


「…僕も寝ちゃおうかな…いやいや、ダメダメ…飼育員としての使命があるんだ…!」


睡眠との葛藤である。





「立ち話もあれだし…」とベンチに腰掛ける。テルアは息を吐いて話を始める。


「…メイ、これ大丈夫なのか…?」コショコショ


「話を聞くぐらいならお安い御用よ…」コショショノショ


「…まず俺と馬鹿兄貴の関係について、だ」


テルアはゆっくりと話し始めた。

先ほどまでの威勢は微塵も感じられないような話し方である。

丁寧に、取りこぼしのないように話す。


「まず俺はハーフだ。一条テルアと言う。

ババァが日本、ジジィが…忘れた。

簡潔に言っちゃああれだ、カエデは養子だ…」


テルアの話だとこうである。


昔、テルアの母と父が婚姻を結ぶ。その後子宝に恵まれ、無事出産。

その後順調に育っていった…はずなのだが。

あまり勉強ができないテルアであった。

小学生の頃から次第にグレていってしまったという。


このままでは将来が不安である。

それに塾に行かせただけじゃ直らない。

サボるに違いない。

そこで両親は考えた。

『テルアを導くお兄ちゃんがいれば、

きっとあの子は…』



「…ま、余計なお世話だがな。現に俺は今だってこの性格だ」


この頃のテルアは悪ふざけが過ぎていたようで、近所では有名な悪ガキだったそうだ。

言う事を聞かなくなっていくテルアを見て、

両親もついに決心した。


その後、養子としてカエデを引き取ったという…



「…カエデは良くやってくれてたわ、でもまさかあんなことになるなんて、ねぇ…」


「…あんなこと、とは…」


息を呑む。

一体、何が起こったというんだろう…

まだ真昼だというのに、夜中に怪談を聞かされているかのような気分だ。


「馬鹿兄貴は…もう数年前になるか、

死んじまったよ…馬鹿野郎…」


「…亡くなったんですね…」


想像以上に重い話だった…

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