第65話 好きというのは

灰色の空、雨の中時代に似合わない和風な傘を差す一つの影があった。

まさしく忍者のような格好をしているが、これでも一飼育員である。


その忍者のような男、アカギは溜息をつきながら道を歩く。


「疲れたでござるよ…カコ博士の話は長いし分かりにくいし…はぁ…」


まだ開園二日目ということもあり、ミーティングがかなりの頻度で行われるのだが、カコ博士は科学の話ばかりで正直関係あるのかと疑問に思う。


そしてアカギは見慣れた…といっても、まだ出会って二日だが…二匹を見つけた。


おっと…仲が良さそうなようで、多分こっちに来るでござるな。


咄嗟に隠れる。


「アライさん、昼食はどこで食べる?」


「アライさんは…う〜んと、え〜と…」


どうやら昼食は準備する必要はなさそうだ。

ここで出てきて「やぁ」などと声をかけたら間違いなく空気の読めない忍者になってしまうのでやめておこう。


デートというやつであろう、とても仲が良いようで微笑ましい限りだ。


「拙者はとっとと退散する…でござる」


黒い影が路地裏を駆け抜けた。





「ん〜!美味しいのだ♪やっぱりハンバーグは最高…♪」


肉の芯までしっかり焼かれていそうなハンバーグに満足しているのはアライさんである。

結局のところファミレスで食べることになった。


一方の俺はパスタを注文。バジルパスタはいいぞ。


時々、心配になることがある。

もしかしたらアライさんは"恋"というものを勘違いしているのではないか?


小さい子供が抱く『親が大好き』という気持ちを、もしかしたら"恋"と思い込んでるんじゃないかって、とても心配になって…


心から愛を感じてるのは俺だけなのではないか?

一人自己満足に浸ってるだけではないのか?


…こんなこと思ってても仕方が無いのだけれども。

アライさんを信じたいけど…

やっぱり純粋な心で接することが出来ない、どうしてだろう…


「…パスタ、食べないのか?」


「あ、ごめん…て、アライさん。口にソースが付いてるよ」フキフキ


「ムゴゴゴゴ…ありがとうなのだ!」


彼女は微笑む。…疑いたくはないんだ。

この際だから思い切って…聞くことにしよう。


「ねぇ、アライさん…」


「…?どうしたのだ?パスタも食べないし、どこか具合が悪いのか?」


息を深く吸い込んで…


「…アライさんは、俺のこと…

本当に好きなの?」


アライさんは驚いたような顔をして、

目を見開いてこちらを見る。


「言い方が悪かったかも…俺が好きっていうのは、なんて言うんだろうな…一緒にいるとドキドキするとか…いや、俺でもわからないや。ごめん、忘れて?」


恋ってなんだよ…分かんねぇよ…

唐突に変な事言ってアライさん絶対に困ってるよな、はぁ…


「…好きっていうのは、一緒にいたいっていう気持ちだと思うのだ」


「…アライさん?」


「アライさんは難しいことはよくわからないのだ、だけどこれだけはわかるのだ。

メイが大好きだってこと、どんなフレンズよりずっと一緒にいたいから…


これまでもずっと一緒にいたのだ、だから

アライさんを信用してほしいのだ…!


アライさんはメイが大好きだからっ…!」


段々言葉に力が入るアライさん。

俺は誰かを好きになったことなんてなかった。アライさんが初めてだ。


初めて故に、分からない。

相手がどう思っているのか?

相手が自分を好きでいてくれるかなんて、

心を読めないんだから分かるはずないんだけど…


…でも俺は今までアライさんを信頼していた。信用していた。

俺がアライさんを好きであるように、アライさんも俺が好きであると思っていた。


あの日、海を臨むあの場所で俺は愛を叫んだ。アライさんにももちろん届いたはずだ。

現に了承してくれた。


だけど…ダメじゃん、俺。

こんな少しでも疑っちゃってさ。

ツバキの一件もあるけどさ、ばっかじゃないのまじで…


「アライさんにはお見通しなのだ…メイは今、暗い顔をしてる、つまりネガティヴなことを考えているのだ!」


顔をあげられない。顔があがらない。

裏表がないって分かっているのに疑うバカみたいなやつ。


「アライさんは絶対にメイとずっと一緒、だから笑ってほしいのだ…

暗い事考えているともっと暗くなるだけ!明るい事を考えて、辛いことがあったらアライさんに相談するのだ!


約束…してくれるか?」


アライさんが小指を差し出してくれた。


昔昔、それほど昔のことでもなかった。

俺は中学にいじめの対象となったり、高校にとんでもない変化を起こして一時的に波乱万丈な人生を送ったりした。


その時と比べてみろ、何も不幸なことはない。

そうじゃん、バカみたいだと思っていた自分がバカみたいじゃないか。


暗い事考えてるともっと暗くなる。

まさにその通りじゃないか…


嬉しいことや辛いことを報告できるパートナーがいるじゃないか。

悲しい時は相談できるパートナーがいるじゃないか。


だから俺も小指を差し出すことにした…

もちろん、疑ったことも謝らなきゃならない。


「うん…約束、だね?」


小指と小指が絡み合い


「約束…なのだ」



ゆびきりげんまん

うそついたらはりせんぼんのます

ゆびきった



…なんて、まるで子供の頃にかえったかのようで。


「疑って…ごめんね?」


「ちょっとびっくりしたけど、大事な事は話せたから良かったのだ…♪」


アライさんはここ数年で精神的にとても成長したようだ。

ただ、根本的な性格は変わりはしない。


常に前向き、明るく元気で、だけど明後日の方向に行ってしまうおっちょこちょいな部分もある。


その全てが好きだから、今俺はこうしてアライさんといる。


そしてその性格と体つきの良さはギャップを…おっと、これはやめておこう。


「さて…と」


椅子から立ち上がり、会計を済ませることにする。

思ったよりもここに長くいすぎた。


雨はいつの間にかあがっていた。

次は別のエリアに行く予定だったが…

雨があがってるとなれば、アライさんが行きたいところはわかる。


敢えて聞くことにした。


「行きたいところ…ある?」


彼女は大きく頷き、大きく口を開いて笑顔で言う。


「フェネックに会いに行くのだ…!」


「ふふ、決定だね?」


アライさんが楽しめればそれでいい。





ファミレスを出て少し歩いた時であった。

通行人に見覚えのある家族がいた。

そう、昨日声をかけてきた家族である。


彼らはまだ"カエデ"という人物に関わる情報を探しているようだった。


あちらも俺を見つけたのであろう。

こちらに詰め寄ってきた。

特に息子と見られるショートボブの男が

かなり早足でやってくる。


「おい!てめぇ!やっぱり馬鹿兄貴と関わってんじゃねぇか!てめぇ、メイだろ?

サーバルっつうフレンズから聞いたぞ!」


といきなり怒鳴られるので俺も驚いてしまう。少し後ろのめりになる。

アライさんの方も驚いた顔である。

同じ顔してるんじゃないかって思うくらいの驚き具合だ。


にしてもサーバルちゃん?

"カエデ"とサーバルちゃんに何か関係が…?

でも何故俺が関係あると?


「落ち着いてください!落ち着いてくださいって!俺は分かりませんよ、その人!」


「覚えてねぇとは言わせねぇぞぉぉ?」


…これは一悶着起こりそうである。

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