第63話 雨空

ザー…ザー…

耳に障る音で目を覚ます。

どうも聴力が良くなったものだから

この耳で少し大きな音を聞いてると起きてしまうのだ。


「…ん〜………」


窓の外を見ると強いとも弱いとも言えない雨が降っていた。

ジャパリパーク開園二日目、雨である。


これは客足が少なくなるだろうなぁ、なんて

思いながら眠い目を擦る。


昨晩はアカギさん特性の中華料理を心ゆくまで堪能し、少し会話をしてベッドに入った。

『和食じゃないんかい』と心の中では突っ込んでいたが、彼の料理の腕前はかなりのものであった。

和食もきっと美味しいんだろうな。


どうやらアカギさんはいないようだ。

リビングの机の上を覗いてみると一枚の紙切れがあった。

書き置きらしい。


"メイ殿、アライ殿へ。

拙者、カコ博士に呼ばれておるため

今朝は不在と致す。朝食は作っておいたので

各自食べるように。

尚朝食を二人で食べるとより美味しく、

更に仲が深まると思われるので必ず

二人で食べるように。

アカギ"


仲が深まるって…良い配慮だな。

俺は昔から独りで三食を過ごしていた。

誰もいない寂しい食事の一時、でもそれが

普通だと思っていた。


間もなく母が死に、一人暮らしが始まるも

食事の時間はあまり変わりはしなかった。


アライさんが来るまでは…


アライさんを無理に起こすまいとダンボールの中から取り出したものはコーヒーである。

『是非うちのコーヒーを飲んで思い出してくれ』と店長さんがくれたものである。

ご丁寧に粉末状のインスタントタイプにしてくれたものだ。

お湯も沸かしておかなければならない。


丁度アカギさんが常備してあった給湯ポットがあったのでそちらでお湯を沸かせていただこう。

というか火遁で沸かさないのか、意外。


そして出来上がったコーヒーを飲む。

この香り、この味は正しくあそこだ。

かなり苦いので次からは砂糖でも入れよう。

ニュース等でも見ながらゆっくりとくつろぐとしましょう…


ガチャ


扉が開かれこちらへ向かってくるのはアライさん、どうやら起こしてしまったみたいだ。

アライさん眠たそうな目を擦りながら…


「ん〜…むにゃ、おはようなのだメイ…」


「おはよう、アライさん。起こしちゃった?まだ眠たそうだけど」


「そんなことは…フワァ、あるのだ…」


あるんだ…

そういえばあまり考えていなかったが、

俺の記憶が正しければアライグマは夜行性である。


夜行性なのに夜寝るのはどういう事かと

最初の頃は思っていたのだが、やはり俺と暮らしてるうちに夜に寝るのが慣れてしまったのだろうと考えている。


ただ、夜行性という特性を持っているためか俺よりも早く起きてる時が多い、ここ数年は特にそうだ。

無論、俺が寝てばかりだった…わけじゃないけれども。

つまり、アライさんより早く起きるのは

多分だがレアな気がする。


…今何時だ、心配になってきたぞ。


「ご飯、食べよっか?」


「んぅ、そうするのだ…」


こうして椅子に腰掛ける。

今日こんにちの朝飯は鮭や味噌汁などの

オーソドックスな和食である。


どうやらまだ作ったばかりらしく、少しばかり味噌汁を飲んでみると暖かく、また豆腐やネギなどの定番といえば定番と言える具材が更に食欲をそそる。


…母さん。


俺は別に依存する訳では無い。

ただ、俺を置いていつもどこかへ行く母が

許せなかったけど、心の中でいつか一緒にいられることを夢見てた。

せめて置いていく理由を教えて欲しかった。


俺は母の手料理の味を覚えていない。

自分で簡単に作る料理はとても寂しい味がした。

キッチンには母の笑顔などなく、ただ虚しく通り抜けていくだけの空気、溜まるお皿。

生きている内に、一度でも味わいたかった。


俺は若くして親孝行という選択肢を失ってしまった…


「…メイ、食べないのか?」


「ん…あぁ!ごめんごめん、食べるよ」


少し焦って箸を動かす。


こんな思いにふけっても良いことはないとわかっているのだけれど、やはり雨というのは暗い出来事を連想させてしまうものである。


雨…といえばだ。

フェネックに会いに行くと言っていたアライさんだが、この雨の中だとびしょ濡れになるし風邪になるしで踏んだり蹴ったりになるように気がしてたまらないのだ。


そこで、俺はアライさんに後日訪ねることを提案することにした。


「…この雨だとさ、会いに行くのは厳しいんじゃないかな?フェネック…」


すると彼女は少し残念そうな表情を浮かべ、箸を止めて一度俯く。

そんなに落ち込ませる気はなかったんだ…

ごめん。


「分かっていたのだ…やっぱりこの雨だと、フェネックも迷惑するかもだし…

また今度行ってみるのだ、その時はいっぱい遊ぶのだ!」


「…そうだね、今日は出歩くのはやめておこうか、風邪引きそうだし。」


しかし、アライさんは首を横に振る。

疑問に思った俺は「…どうして?」と尋ねてみる。


「今日は傘を持ってメイとお出かけするのだ…♪久しぶりの"でーと"なのだ!」


どうやら彼女は毎日を楽しくしたいらしい、それも俺と。

そして俺もその要望に答えるのが好きみたいだね…


「良いよ、どこ行こっか?風邪引かないように室内が一番いいと思うけどさ」


「フレンズは頑丈なのだ!問題は無いのだ!」


こうして朝食後のプランを組み始めることとなった。

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