第58話 新たな道へ一歩

あれから数年が経った。

時が経つのは速いもので、

という言葉が一番合うんだろうな。

俺の精神状態は正常に戻った。

ヒグマも、何事もなく無事退院。

俺達はまた、平穏な日々を過ごした。


それから間もなく、国会で

『フレンズ保護法』が成立。

フレンズに人権が認められ、

共存のための第一歩を踏み出した。

動物園の方も、数々の宣伝やサービスのおかげか、かなり期待されているようだった。


そして今日、俺達はここを離れる。

仮とはいえ、住まわせてもらったここを…


「メイ君が最初にここに来た時、俺はこんなことになるなんて、予想もしてなかったよ。」

「はは…いやぁ、流石に予想できませんよね。

人生、何が起こるか分かりませんから。」


動物園は、今日試験的だがオープンする。

フレンズ達と触れ合える、

夢のような動物園が。

本当に、この日がやってくるなんて

思ってもいなかった。


「ところで…レン君はどこに行っちゃったのかなぁ〜?」

「あぁ、今日は仕事で来れないらしい。

彼、君のこと尊敬してたみたいだったから、この後どうなるか…」

「私のこと〜?意外だな〜、レン君がね〜?」


いざとなると寂しいものだ。

心の中で、きっと明日も明後日も

変わらない日常を過ごすのだと思っていた。

本当に、本当にこの日がやってきたんだ。

数年過ごしてきたここを離れるって…

やっぱり、心残りがあるっていうか…


「メイ様…」

「うわっ!?カンナさん…

もう、最後まで神出鬼没ですね…?」

「最後ではありませんよ。

私達だって、暇さえあれば

そちらへ向かえるのです。

寂しがる事はありません。」


「あ、そうか…確かに言われてみれば

そうですね。

是非こちらに遊びに来てください…!

俺たち、待ってます!」

「きっと眠れない夜もあるでしょう。

そんな時はこれです。ジャジャン!(棒)

私お手製の枕、掛け布団です。

2セットありますが、片方はフェネックさん。もう片方はお2人でお使い下さい…」


あははは…

妙なところで気を使いますね、カンナさん?


「待たせたのだー!これで準備は満たん!

いざ、出撃ー!なのだ!」

「もぉ、アライさんどこへ行くつもり?」


いつも通り明るくて可愛いアライさんに、

思わず微笑んでしまう。

さて、アライさんの準備もできたことだし、

そろそろ出発かな?

レン君が来てないのはちょっと寂しいけど…


キキーッ!!!

一台の軽自動車が、凄まじいブレーキ音を

立てながら停車した。

中には見覚えのある顔が。


「おーい!あぁ、良かった!間に合いました!」


車から出てきたのは、赤髪が特徴の

幼き少年であった、レンだ。

当時の面影を残しながら成長した彼は、

勉学と仕事を両立し、現在を過ごしている。


「レン君!?どうしてここに…」

「仕事の合間を塗ってきました…!

ギリギリ、本当にギリギリでしたよ!

…あと、その"君"っていつまで付けるんですか?僕は立派な大人ですよ。」

「あぁ…ごめんね。」


降車したレンは、よほど忙しいのか

かなり早歩きでこちらへ歩み寄ってきた。


「メイさん!あちらの方でも頑張ってください…!僕、遠くてなかなか行けないんですが、応援してます!」

「甲子園じゃあるまいし…

ま、がんばってくれたまえ、レン少年。」

「む、なんですかそれ…」

「オオカミジョークだよ。」


次に、アライさんの元へ向かう。


「アライ"ちゃん"もあっちで元気でね!

僕も頑張るから!」

「ふ、ふぇぇ!?初めて"ちゃん"って

呼ばれたのだ〜!?

危機なのだー!アライさんの危機なのだー!」


そんなに驚く程でもないような…

アハハ…

なんて言ってられる場合じゃないぞ。

レン少年、君あざといね…


最後に、憧れを抱いていたという

フェネックの元へ向かう…


「あの…その!えぇと…なんて言ったら

いいんだろうな…」

「いや、良いんだよ〜?無理しなくても〜」


フェネックの前で照れるレン。

なぜ照れるのだろう、尊敬してるんでしょ?

あれ、これってもしや…


「い、今まで…その…ありがとうございました!尊敬してました…ハイ…」

「聞いたよ〜?店長さんからね〜?」

「ちょ…おじいちゃ〜ん!」

「まだまだ子供だな〜」


レンは息を整え、こう言った。


「これからも頑張ってください!

僕はあなたの所へは滅多に行けません。

それでも、フェネックさんのこと…

絶対忘れません!」

「嬉しいな〜、ありがとね〜?」


さて、もうそろそろ時間だ。

俺達は行かなくてはならない。


「ではお送り致します。この車で。」

「うわぁ!?いつの間に車を…!」


こやつ…やりおる!

俺達は車に乗りこんだ。

エンジンがかかる音がする。

いよいよ、ここから新たな道へと一歩

進んでいくんだな。

後部座席から振り返ると、いつもの見慣れた

喫茶店、店長さん、レン少年。

本当はそこにカンナさんがいたら

パーフェクトな絵面だったのだが、

それだと車を運転する人はいないだろう。


そして、車が走り始めた。


「──フェネックさぁぁぁぁぁん!!」


後ろから声がする。レンだ。

まるでドラマのようなシーンである。

本当にこんな場面があったのだな。

車を追いかけるレン。

少し驚いた表情のフェネック。


「僕は──はぁ、はぁ、あなたの事が──

ずっと…──!!」


しかし、声は車によってかき消されるのであった…

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