第8話 学校
目覚まし時計が起床時間を知らせる。
けたたましく鳴るそれを、半分意識が睡眠という海に沈んだ状態でありながら、少々乱暴だが止める。
そして、眠い目を擦る。
今日は始業式だ。
高校三年生、最後の学期が始まるのである。
最後の学期だから気を引き締めていこう…という気も起きず、地獄に身を投じるような思いで身支度をする。
制服がズッシリと重く感じた。
今日ほど一生休みが欲しいと思ったことは無い。
遅れて後からアライさんが起床する。
大きな欠伸をして、体を伸ばす。
そして、いつもと違う格好の俺を見て、寝ぼけ眼で反応する。
「あれ…どうしたのだ?」
「ん?学校、って所に行かないといけないんだ」
また初めて出るワードにキョトンとする。
要は…と、説明を簡潔に済ませる。
そして、彼女にひとつミッションを与えた。
「留守番、してもらってもいいかな?」
そう、それは留守番であった。
◆
留守番。
簡単に言えば家にいればいい。
学校にフレンズを連れていく訳にもいかないし、かといって外に出して自由にしてと言っても、迷子になりそうな予感がする。
なので、仕方なくこうするしかなかったのだ。
玄関のドアが閉じられた後、アライグマはそこに佇んでいた。
「あまり家のものはいじらないようにね、危険かもしれないから」
そう言われたが、留守番とはいえ何をしていいかも分からないので、家の中を探索したり、好奇心から物に触ってみたりもした。
だが、それにも必ず飽きが来る。
「フェネック…」
先日一緒に遊んだ子のことが気になっていた。あの子と遊んでいた時は楽しかった…と、彼女は思っていたのだ。
暇になってしまったアライグマは、その若干重めの玄関ドアを開け、フェネックを探しに出た。
恐らく、公園にいるだろう…と、彼女の単純なる推理がそう導き出した。
◆
しかし、彼女はいなかった。
「フェネック〜?…いるか〜?」
そう呼びかけても、どこかに隠れているわけでもなく、やはりいなかった。
それに、そもそも公園には人が前よりも少ない気がした。
曜日、という概念がまだない彼女には分からなかった。
単純に、平日だから公園に人がいなかったから、というだけなのだが。
◆
一度家に帰宅すると、まだ洗われてない皿達を発見する。
…無性に。
そう、本能的なのかは知らないが。
いや、ベースとなる動物的に考えたら本能な気はしないが。
「あ、洗わずにはいられないのだー!」
彼女はそれを洗い始めた。
先日、皿洗いを行ったからかスキルはよりよく磨かれていた。
そう、皿のように。
全てが終わった時、それは輝いているように見えた。
「ふふーん…アライさんにかかれば、これくらいのことは楽勝なのだ」
と、勝ち誇る。
続いて、見様見真似で覚えた掃除機をかける。
うろ覚えだが、よく出来ている。
「これは楽しいのだ」
そのまま家中のあちこちに掃除機をかける。
ティッシュ…雑誌…漫画…夢中になってそれの区別もつかなかった。
故に、彼女は掃除機をかけ終わったあとに気づいたのだ。
「…汚れてるのだ?」
遅い。
◆
一方、メイはいつにも増して上機嫌だった。
本人はそんな自覚がないのだが、自然と彼を何かがそうさせていたのだ。
果たして、それは何なのか…
「お、メイ。お前なんか機嫌良くね?始業式ダルいってのにさぁ〜」
「そうかな?」
普段よく絡む訳でもないクラスメイトに話しかけられる。
特に友達を多く持つ訳でもないので、この辛い始業式の時に上機嫌なのは珍しい、他人からはそう見えたのだ。
「もしかしてだけど、もしかしてだけど…
それって、彼女できちゃったんじゃないの?」
「そういう事だろ?」
と、どこぞの芸人のように茶化すクラスメイト。
その友達も加わってまた茶化す。
「いやいやいやいや、そんな訳ないでしょ」
「だよな!」
心に刺さる言葉だった。
◆
名誉挽回という訳では無いが、アライグマはご飯を作ることにした。
これまたうろ覚えだが、目玉焼きを作る。
フライパンに適量の油を敷く…成功。
卵を割って入れる…成功。
しかし、そのプロセスの中でひとつ、忘れていたものがあった。
「そうだ、火をつけなきゃなのだ」
ガスコンロでそれを試す。
カチチチチチチ…と鳴り、火がボッと点く。
「ひっ!」
と、ここで彼女のベースとなる動物の本能が拒絶を始めた。
ベースが動物故か、フレンズになった今でも火を拒む。
目玉焼きの焼ける音がし始めた。
彼女はひたすら怯えていた。
早くそれを取らなければ、焦げてしまうと分かっているのだが、近づけやしない。
「はい…これで完了です」
何者かが斜め後ろから棒でガスコンロを止めた。
目玉焼きは幸いにも、ちょうど良い焼き加減となっていた。
「食べ物を粗末にするのはギルティ、なのですよ」
「…コノハ、ギルティってどこで覚えてきたんですか」
と、若干呆れ顔のミミ、そして決めゼリフを言ったとばかりに誇るコノハがいた。
「な、なんでここにいるのだ!?」
「残り物がないか見に来たのです」
見た目はフクロウだが、中身はカラスなのであった。
◆
留守番から帰ると、アライさんは元気いっぱいに出迎えてくれた。
それと、何故かあの公園のリーダーもいた。
「よく帰ったのです」
と、まるで『はじめてのおつかい』から帰ってきた幼児を褒める親のように扱われた。
何故上から目線かもわからない。
「なんでいるんだ…」
「残り物をあさりに来たのです」
カラスかよ。
部屋が汚くなっている気がするが、元から汚いと思うのでそこには触れずに着替えを終える。
食卓に向かうと、そこには目玉焼きがあった。
「これ…」
「それはな、アライさんが作ったんだぞ!」
彼女は誇らしげにそう言った。
「私達がいなければ、火を止めることも出来なかったのによく言うのです」
「なー!コノハ達だって火を止めただけだったのだ、それ以外なーんにもしてないのだ!」
「ハイハイ、どっちもよく出来ました」
幼児を窘めるように、ふたりを落ち着かせる。
何はともあれ、協力してひとつの物事を終わらせるのは良い事だ。
「…これ塩コショウかかってないな」
もちろん、最初は改善の余地はある。
しかし、それを取り入れて向上していく。
それがベターなのだ。
彼女たちも、そうであってほしい。
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