7.きこえなくて
いつだって夢を見ていた。暗い夢。私はいつも空中を漂って、誰かいないの? と声を上げる。そのたび、黒い世界はゆらゆらと波打って、「誰もいないよ」と私の声が返事をした。
夢から覚めるその瞬間が嫌いだった。いっそ、あの黒い世界に閉じ込められてしまえば諦めがつくのに、日の上らない今日がないように、夢の覚めない朝はなかった。目覚めるといつも一人、傍らにいてほしいと懇願した誰もが、気が付くと消えてしまう。
(違う、そうじゃない)
消しているのは私のほうだ。いつだって、どんな時だって。私がさびしいと懇願すればするほど、恋い焦がれた誰かは命を落としていく。近づけば近づくほど、明確にわかる時の差にいつもうろたえていた。私ばかり、時に置き去りにされたまま。
窓の外からは夕日が差し込んでいた。デジタル時計の日付を見れば、眠りについた時から丁度一日半経過している。また、一日を通り過ぎてしまった。ため息を吐いても返してくれる人はいなかったけれど。
目覚めた後は、いつも不思議と体が軽かった。一日以上眠っていたのに空腹感は覚えず、倦怠感も頭痛もない。ぱちりとすっきり目覚めては、体の軽さにいつも後悔するのだ。
鏡の前に立てば青白い自分の顔と対面する。眠る前と同じ顔、一日飛びに過ごす時間は、気が付くと私の時を止めてしまって、もうずっと同じ顔ばかりを見ている。目の前で倒れる彼らは一様に老いた姿を見せるのに、私ばかり一向に老いる気配がないなんて。
神様はずるい、と、呟いた。もう何度も吐き捨てた言葉。
耳の奥で健やかに眠りに落ちた彼の吐息がよみがえる。一昨日見た彼だったか、それとももっと前の彼だったか、様々な顔が浮かんでは消えてしまった。どうせみんなここにはいない。
急速にやつれていく肉体を、骨と皮だけになって、落ち窪んだ瞳が決して開かれないのを、からからに乾いた唇が確かに私の名前を紡いだことを、忘れようと思っても忘れられない。覚えている。蝶の羽化から死までを早送りで見つめたような、正しくそのような感覚はいつだって私に恐怖を覚えさせた。密着した男が急速に老いて、枯れ果てていく姿は、この世のどんな悪夢よりも恐ろしい。
だから私は微笑みを浮かべるしかできない。私のそばにいようと、いたいと望んでくれた彼らが、私が微笑むのを望んでいるから。
「君の、」
不意に、誰かの声が蘇る。深く沈んだソファの上。私をきつく抱きしめて、胸に耳を寄せる男のうわ言。
「君の鼓動は、どんな音色だい?」
知らないわ、と今ならはっきりと答えられた。こんな悪魔の音色など、私は知りたくもないのに。
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