5.大狼
科捜研、の大きな研究室の奥には分厚いガラスで仕切られた小部屋があって、扉の横には「
「見られてるのってなんかやじゃないですか?」
研究を手伝ってほしいと言われてやってきた光犯研究室で、小鹿は居心地の悪さに身じろぎをした。小部屋の中には大狼のデスクと資料保管のためのガラス棚が幾つか、それと革張りのソファが鎮座している。ソファテーブルまでガラスなので、置いたマグカップが少し場違いに感じた。中身はコーヒーである。壁には壁掛け用のテレビが二台、固定されており、唯一テレビのある壁だけが、ガラスではなく見慣れた白い壁紙だった。
「なに、慣れたらそれほどでもないさ」
座り心地の良さそうなデスクチェアをぐっと倒しながら、大狼はひとつ伸びをした。小鹿は勧められるままソファに座り込んでいたが、どうにも慣れそうにない。顔を上げると、ガラスの向こうに科捜研の面々が忙しなく動く様子が見えて、彼らがこちらを見ていないとわかっていても、何とも居た堪れない気持ちになってしまう。大狼はそんな小鹿を見てふふ、と笑った。
「光犯課は他の部署と比べても手狭だからな。ここはガラスで仕切られているけど、所詮はガラス、向こうが見えるから広く感じるんだろう。コーヒー、いつもより甘くしておいたぞ」
「あ、はい」
言われて初めて、確かにいつものコーヒーよりも甘かったな、と思い至る。緊張していて気が付かなかった。もしくはそれを見越して甘いコーヒーにしてくれたのかもしれない。小鹿は甘党なので、大狼が小鹿に入れてくれるコーヒーはいつもカフェオレのように甘かったけれど。
「それで、何の用ですか?」
「たまにはこちらで世間話を――なんて言っても納得しないだろうね」
言いかけた言葉を飲み込んで、大狼はひょいと肩を竦めた。小鹿が咎めるような視線を向けたせいもあるだろう。
世間話をしたいのなら、大狼はわざわざ呼びつけずに自分からやってくる。暇なのではないかと疑うほどしょっちゅう、大狼は光犯課にやってきて、課の皆と話をしては帰っていくのだ。会話の中で現在の体調や能力の調子などを確認しているらしいので、それもまた彼の仕事のうち、との事だったが。
(聞かれたくない話かな)
第一、そもそも性格的に「呼びつける」ということが嫌いなはずなのだ。ただ光犯課の面々に……あるいはそれ以外の人間に聞かれたくない話をするとき、大狼は自分の城に人を呼ぶ。ガラスに囲まれていると言えど、防音性は高いらしい。光犯課のパーテーションで区切られた応接スペースで声を潜めるよりも、断然この小部屋の方が人に聞かれる心配がなかった。
(大狼さんが人に聞かれたくない話、てことは、)
小鹿は考える。大狼が他人に聞かれたくない話、となると、事件関係、光化症能力関係、もしくは、八生についてだけだ。
(八生さんのことかな)
先日小鹿は八生の「外出の日」に付き合ったばかりだ。相変わらず楽しんでいるのか、いないのか、わからない様子で別れたが、何かまずかったのだろうか。大狼の言葉を待った。
「先日話した事件のことなのだが」
が、予想に反して大狼の口から出てきたのは事件についてだった。
「先日?」
「ほら、君が一課のレポートを作っていた時のことだよ」
「……ああ、ええと、ホテルで老衰によって亡くなった死体が見つかったっていう、」
「そう。君たちの所に依頼が来るだろうと伝えていただろう?」
そう言えば、そんなことを言われたな、と小鹿は頷いた。若い男女が宿泊していたはずの部屋で、老人の死体が発見された事件である。解剖の結果、死体は宿泊客である若い男だと判明した。若かった男が、一晩にして、老化し衰弱死したのだ。
「その様子だとまだ来ていないな」
一課は何を考えているのか、と、大狼が露骨に顔を顰める。あるいは一課の元にすら届いていない可能性を考えているのだろう、険しい顔に小鹿は曖昧に笑ってみせた。
「次の事件だ」
それで、大狼が書類を寄越した。受け取った書類には新聞の切り抜きが幾つも貼ってあり、その全てに「起こるはずのない孤独死」や「突如現れた老死体」などの見出しがつている。全て同じ事件のことのようだ。
「読んでみたまえ」
促されて読み始める。一番初めの記事はこのようなものだった。
【起こるはずのない孤独死】
六月二十八日午後十五時四十五分、○○市にあるアパートの一室で、男性の死体が発見された。第一発見者は宅配業者の男性で、当日指定された荷物を届けに来たところ、部屋の中の異臭に気付き扉を開放、リビングの床で男性が倒れているのを発見した。亡くなった男性はアパートに住む高田敦さん(三十五歳・会社員)、死後二、三日は経過していると見られている。
遺体は不自然に衰弱しており、司法解剖の結果肉体年齢が九十歳以上に老化していたという。高田さんは三日前から有給休暇に入っており、会社関係者も高田さんの状態に気が付かなかったという。同じアパートに住む住民は、「三日ほど前から見かけなかったが、新聞も溜まっていたので旅行に行っているのかと思っていた。まさか亡くなっていたとは思わなかった」と述べている。警察は高田さんの持病を調べるとともに、何らかの事件に巻き込まれた可能性も含め捜査をしている。
「これ、同じですか?」
問いかけると、大狼はうむ、と頷いてコーヒーを啜った。小鹿の甘いコーヒーと比べて、大狼のコーヒーは濃い目のブラックである。苦味の混ざった香りが小鹿の元まで漂って来て、思わずすん、と鼻を鳴らした
「同一犯?」
「だろうな。一件目も今回も男性ということを見ると、やはり犯人は女性のようだ」
「どうしてですか?」
「男が男に触りたがるとは思えんからだよ」
首を傾げた小鹿に小さく笑って、大狼はそうだろう、と同意を求めた。
「触りたがる?」
が、大狼の言いたいことがいまいち理解できず、ますます首を傾げてしまう。大狼がとうとう声を出して笑って、「初めに言っただろう、光化症患者の仕業だ、と」と付け足した。
「あ」
そこまで明確ではなかったが、確かに光犯課案件だ、とは言われていた。光犯課案件、つまりは、光化症患者が特異能力によって引き起こした犯罪、ということだ。
光化症患者の持つ特殊な能力に、明確な名称はまだつけられていない。「特異能力」やら「特殊能力」やら、能力として見ている者がいる一方、「感染症」、「発作」などという呼称で呼びあくまで病の一つである、と主張する者もいた。その大きな理由の一つが、その能力の発動条件にあった。
小鹿はもちろん、全ての光化症能力者を知っているわけではないが、これだけは全員が同じなのである――自身の光化部位、またはその付近への接触、接近が必要であるということ。小鹿の左手然り、八生の両足然り。変わった例で言えば両目に光化症を患っている、先輩刑事の有馬という男がいるが、彼は「視線を合わせる」ことで相手の思考を読み取る能力を持つ。「視線」と「視線」を接触させる、という意味では有馬もこの例に当てはまる。裸眼で見たときのみ発動されるというのも頷けた。むやみやたらと他人の思考をのぞかぬよう、有馬は普段から眼鏡をかけていた。
(つまりは、光化症患者だという事を知らずに、被害者が自ら加害者の光化部位に触れ、命を落とした、ということ?)
思考を読んだように、大狼が「その通り」とにやりと笑った。こうして笑うと童顔なのも相まって、いたずらっ子のように見える。小鹿はぱちりと瞬きをした。
「生命体を老化させる……つまりは成長を促進させるということだが、それほど強力な能力が安易に発動されるものとは到底思えない。最も君たち光化症患者の諸君が有する能力は、どれも非凡で強力であることに違いはないが」
勿体ぶったように前置いてから、大狼はつらつらと自身の推理を述べていく。
「発動するためには相当密着する必要があるだろう。となれば、男が男に自然と密着する状況は考えにくい。もちろんそういう趣向があるのも理解してはいるが、今は割愛しよう。第一の事件、ホテルの元々の宿泊客が男女一名ずつ、だったことを見ても、犯人は女性で間違いないだろう」
「確かに、男女って言ってましたね」
ぼんやりとした記憶を思い起こして小鹿は頷いた。大狼もまた満足そうに頷くと、「左様」と笑った。「小鹿くん、わかってきたじゃないか」とは、素直に受け取って良い褒め言葉なのか、どうか。考えあぐねて曖昧な微笑を返す。
「加えて代償も相当なものだろう。何せ人一人分を老衰死させているのだから……証拠に、第一の事件から第二の事件まで、かなり間が開いている」
「時間を必要とする代償、ということですか?」
問いかけると大狼は頷いた。
「具体的にどのような代償かまではわからないがな。能力の代償にはいくつかパターンがあってな。どのような方法でもいいが、何かを摂取しなければならない代償を〝過剰摂取〟、逆に、使用した能力の分だけ何かを失っていく〝消失〟、一定の時間特異な状態に陥る〝状態異常〟。小鹿くんの場合は過剰摂取と状態異常の複合型だが、そうした場合は能力を使用する際に代償解消のために必要な〝何か〟を持ちこんでいる可能性が高い」
言われて、考える。確かに小鹿の場合、能力を使用した時間に対する量の食事が必要となるが、代償による食事を行っている間はエネルギーの吸収力や消化の仕方が通常時と異なるらしく、異常な量の食事を行っても肉体的には影響しない。全て読み取った記憶の整理に使用されるためだ。代わりに、一時間以内に食事を開始しなければ貧血となり倒れるため、能力を使うとわかっている時は必ず何か食べ物を持っていくようにしていた。
「確かに俺、リンゴとか持ち歩いてます」
「そうだろう? 現場写真を確認したんだがな。それらしいものは見つけられなかった。あるいは〝消失〟である可能性も考えたんだが、これほど大掛かりな成長促進だ、失う代償は相当なものだろうし、それを連続して行う理由がわからない」
現実的な推理ではないな、と、大狼は断じる。小鹿はなるほど、と頷きながら、持っていた資料を大狼へ戻した。となれば、最後に残った〝状態異常〟が代償である可能性は確かに高いに違いなかった。
「でも、代償がわかったところで犯人特定には至らないですよね?」
小鹿には、大狼がわざわざ人に聞かれぬようにして、この話を自分にしている理由がわからなかった。推理を聞いて欲しいだけならば、最初にこの事件の話をしたように、光犯課の小鹿のデスク廻りでしても全く問題はなかったはずである。何か犯人に繋がる重要な話をするなら別として。
大狼は「まだまだヒヨッ子だな、小鹿くんは」と苦笑して、自分のコーヒーを啜る。長い話のせいですこし冷めてしまっているだろうに、美味しそうに目を細めるのが外観にそぐわず大人っぽく見えた。実際、大狼は小鹿よりも年上だったけれど。
「代償がわかる、ということは、次の犯行に備えることができる、ということだ。次の犯行までの期間、犯行されるだろう場所、犯人の逃走経路、逃走先、能力を持つ光化症患者の、能力使用後の代償は死活問題だからな。極端に言えば、道端でばたりと倒れてしまってもおかしくはない。だから小鹿くんを呼んだんだよ」
大狼はひとつ、ゆっくり瞬きをすると、小鹿の猫目を見つめた。
「第一の事件のあと、君たちの所に捜査依頼が来なかったところを見るに、
「はあ……で、俺は何をすれば?」
大狼はにこりと笑った。
「特に、何も」
それから告げられた言葉に小鹿はきょとりと目を丸くする。大狼の言動は小鹿でも理解しかねるところが多々あって、ではなぜ自分は呼び出されたのかと、小鹿は首を傾げる。
「ただ記憶しておいてほしいのだ、君に。これは俺の直感でしかないが、きっと君は、何か〝必要な情報〟と接触する。その時、その情報を得られるか否かは、君がこのことを覚えているか、どうかだ」
わかるかい、と、大狼に問われて、小鹿は「わかりません」と答えた。未来予知を持っているわけではないのだ、実際に自分がこの事件と関わりを持つかどうか、など、現時点ではわからない。わからないことに対して、了解しましたと安請け合いは出来ない。
大狼は「まあそれでいいさ」と笑うと、マグカップを最後まで傾けてコーヒーを飲み干した。そう言えば、小鹿のコーヒーはすっかり冷めてしまっている。
「なんでそんな、この事件に入れ込むんです?」
小鹿には不思議に思えてならなかった。確かに普段から、大狼は光化症患者について……もっと言えば光化症患者が引き起こす犯罪について、好奇心の塊のような様子で調査を進める。時折科捜研の分野を超えているだろう、ということまで口出しをしてくるが、大狼のこの性格は光犯課の者なら皆知っているので、別段軋轢が生じたことはなかった。とはいえ、今回の入れ込みようは少し異常な気がしたのだ。度を超えている、ような気がしてならない。
「入れ込んでなどいないさ」
大狼は笑う。食えない笑みだ、何も思考を悟らせまいとする意図の見える、小鹿はその笑みが苦手だった。
「しかし、もし仮に入れ込むことがあるとすれば、肉体を強制的に促進させるという、その能力について、かな」
ただ一言だけ、ぽつりと零すように吐いて、大狼は首を振る。「俺の感情など詮無いことさ」と言い切ってから、再び小鹿を見た時、もう普通の笑みに戻っていた。
「小鹿くん、コーヒーのお替りはいるか? 随分冷めてしまっただろう」
もう少し話していかないか、と続けた大狼に、小鹿は黙って頷いた。
八生の話が出てきたのは、二杯目のコーヒーを世間話と共に半分ほど飲み終えた、そのくらいの頃だった。
大狼の部屋の防音効果は確かに高いのだろう。長いこと話していたが、外の音はほとんど聞こえず、忙しなく動き回る科捜研の人間を小鹿はぼんやり眺めていた。なるほど確かに慣れというのはあるもので、一時間を過ぎた頃から大分居心地の悪さも取れていた。
「この間、八生さんと遊園地に行ったらしいな」
ぽつり、と零すような問いかけに反応できたのは、丁度小鹿も八生のことを考えていたからだった。
「ええ、まあ」
大狼と八生はよく似ている。二卵性の双子だと言われても信じてしまうくらいに似た顔は、細部、例えば眉の形だったり目の位置だったりが僅かに異なるくらいで、大狼が女装をすれば八生になるし、八生が男装をすれば大狼になった。小鹿はこの間珍しく八生の対面に座ったことを、丁度良く思い出していた。
「たまには騒がしい所に行ってもいいかなと思いまして……遊園地に」
答えると、大狼は「そうか」と頷いて少しだけ微笑んだ。感情の見えない微笑に戸惑うが、「楽しんでいたか?」という問いかけに、彼もまた兄なのだと思い至る。
(なんだかんだ言って、八生さんと大狼さんって結構年離れてるしな)
普段小鹿にはわかりかねる確執を抱えていようと、大狼にとって八生は大切な妹なのだろう。気にした様子に「楽しんでたんじゃないですかね」と小鹿は答える。
「遊園地と言っても見れるものに限りがあるので、ショーハウスみたいな所で着ぐるみのショーを観たんですよ。八生さん、珍しく感動した様子で、かわいい、かわいいって言いながら手拍子してました」
初めてあんな様子を見ました、と続けると、大狼は嬉しそうに頷いた。
「なんだかんだ、あいつは可愛いものが好きだからな。昔は誕生日にぬいぐるみをやるとそれはそれは大げさに喜んだものだが」
「そうなんですか、少し意外です」
八生の昔の話を聞くのは珍しい。小鹿は今の八生の部屋を思い出して、本当に意外だ、と心中呟いた。
今、八生が住んでいる部屋は、光化症研究所内の一室である。住むのに不便のないように、またプライバシーがきちんと守られるように、部屋の構造自体はどこにでもあるワンルームだ。小さいがキッチンがあり、トイレと風呂があり、収納スペースもそこそこ備わっている。ただどうしても普通の部屋と違う、と感じてしまうのは、八生の部屋には私物が殆ど置かれていないからだった。
(八生さんの部屋、病室って言われてもおかしくないからな)
戸棚に花瓶は置かれているが、基本的に足をがっしり保護されている八生は、動くのに苦労がいる。介護用ベッドの上にいることが殆どだし、動くときは車いす、車いすが入れるように家具は最小限しか置かれておらず、せっかくキッチンが備わっていても、何かをすることはあまりないと聞いた。唯一嗜好品として置かれているのは、小さな本棚と、その中にいっぱい詰まった文庫本だけだ。
「八生さんの部屋の文庫本、大狼さんが持って行ってるんですか?」
それで、ふと聞いてみた。一度タイトルを眺めたことがあるが、小鹿は読んだことのないタイトルばかりでわからなかった。八生の話を聞く限り、ミステリからファンタジーまで、雑多なジャンルが詰まっているらしいが。
「……あそこに入所してからやることがなくなってしまったと聞いてな。気が向いたら持って行っている」
俺は八生さんの好みの本が何かは知らないのだが、と、大狼は困ったように眉尻を下げた。
「この間読んだミステリは面白かったと言ってましたよ」
「この間読んだミステリ?」
「ええと、タイムリープを題材にしている本、と言ってました。貰った本はすぐ読んでしまうって言ってたから、大狼さんが最近あげた本とかじゃないですか?」
言えば、大狼は「あれか?」と考え始めた。
「八生さん、ミステリもの好きそうですし、今度何かシリーズを買ってあげたらいいんじゃないですか」
「喜ぶだろうか」
「喜ばなくても暇つぶしにはなるでしょ」
シリーズって続き気になるし、つけたしながら、そう言えばこの間聞いたそのミステリも、シリーズのようだから続きが気になる、と言っていた。
ならば続きを買ってこようか、と聞いたのだが、八生は恐縮したように迷惑かけられない、というと、とうとうタイトルを教えてくれなかったのである。
大狼はひとつ頷くと、ありがとう小鹿くん、と言った。
「次行くときは、この間の本の続きを買っていこうと思う。確かに毎度、目についた本を買っていたからな。続きものかどうかという配慮をすっかり失念していた」
参考になった、と大狼がしきりと頷くので、小鹿はなるほどこれが本題か、とようやく今日の大狼の目的を察した。八生に本を渡しているものの、喜んでいるのかどうかわからず、かといって何も持っていかないのも気が引けて、相談したかった、と言ったところだろう。
(自分の方が毎日会ってるくせにな)
兄妹なのに、大狼は八生のことを深く知らない。否、小鹿より余程八生について知っているだろうが、あるいは友人として、家族として知っているべき最低限のこと……趣味嗜好など、を、殆ど知らないようだった。入所前の八生については知っていても、入所後の八生について知らないのだ。まるで知ることを恐れているかのように。
「……大狼さん、何を怖がってるのか知らないけど。もう少し八生さんと話をしてもいいんじゃないですかね」
お節介を承知でそんなことを呟くと、大狼は困ったように苦笑して「できればいいな」と呟いた。
「こういった問題は俺一人の問題ではないだろう。八生さんが話をしてくれるなら、もちろん、聞く覚悟はあるさ。同様に、八生さんが話を聞いてくれるなら、俺だって話をしたいと思う」
小鹿は肩を竦めて「そうですか」と答えた。どうしてもこの二人は似た者兄妹らしい。
(そうやって主導権をお互いに譲り合っているから進展しないだけなのにな)
もどかしい、とは思えど、第三者である小鹿が口を出す問題でもない。
丁度、カップのコーヒーが空になったのもあって、小鹿はそろそろ、と腰を上げた。大狼の目的も終わったようだし、いつまでもここに居ては先輩たちにどやされるだろう。
「じゃあそろそろ俺、行きますね。コーヒー、ご馳走様でした」
「ああ、また、八生さんのこと、よろしく頼むな」
大狼は目を細めて手を振った。引きとめる様子がないのを見るに、本当に話は終わったらしい。
(自分でやればいいのに、そういう役割を俺に譲った理由、が、よくわかんねえんだよな)
小鹿もまた一度だけ手を振りかえし、それからガラスの部屋を後にした。
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