他人行儀の邂逅

例えるなら、暖かな色。穏やかなヘーゼル色をした、優しい色だと妹は言っていた。

だが、私には乾いた大地の色にしか見えなかった。冷たい光を宿した人。貴女にただ、笑顔を向けて欲しかった。それだけだった。

それが叶わぬ夢だと知っていたら…あの時、あのようにはならなかったのに。


「何故、生きているのです」


凍った瞳を私に向けた女性が、無感動な言葉を吐き出した。ああ、こんな時までこの人は、鋭い素振りなのですね。

ですので、こちらもそのまま返すことにしました。


「あなた、だれですか」

「ふざけないで、クローディア」

「私はただの捨て子です。人違いでは」


そう。私は既に両親に見切りをつけていた。

捨て子も同然の冷えた関係性なのだから、貴女の事は何とも思えないのですよ。


「仕方ない、帰りましょう。お父様も今なら許してくれます」


おかしな話ですね。あなた方には、宝物のような娘がいるではないですか。

と言おうとしましたが、私は寸での所で黙り込みます。

彼女は何を思ったのか、ここにはいない妹の名前を口にした。


「エイダも心配しているわ」

「誰かと勘違いなさってるようですが、別に大人になってから、あのとき助けてくれなかった…なんて言って、あなたに復讐しませんよ」


いいではないですか、愛のない夫婦が体裁のために産んだ子供のことなんか。情なんてないでしょう?こちらも今更、あなた方に親の顔されても困りますし。


「……馬鹿なことを言ってないで、此方へ来なさい」

「他人の元へほいほい付いてく子供が何処にいるんですか?」

「たった10歳の娘が、一人で生きれるわけがないの。いい子だからいらっしゃい」


私は些か疑問でした。何故、家を出てから数ヶ月も経とうとしているいま、クローディアを捜しに来たのか。そして、興味のない娘に必死なのか。

その答えは一つだと思いましたので、私は控えめに「…その、エイダさんと言う方に言われて探されてるのですか?」と問いかける。

すると、彼女はびくりと肩を震わせた。

ああ、成る程。


「ならやめた方がいい。そんなひどく感情のない顔をして探しているのです、そのクローディアという方のこと、なんとも思っていないのでしょう?」


……あなたは、何故止めになるのですか?あなたにとって『クローディア』はどうでもいい存在。生きていても死んでも関係ない。

なぜなら、殺したいくらい可愛いエイダがいるのだから。


「………なんとも、思ってないですって。そうかもしれないわね」


怪訝そうに私に向けられた目が、冷たい以外の……まるで知らないものを見るような瞳を向けられた。


「その瞳ですよ。それ。…だから、いったでしょう。私は『クローディア』という方ではありません。……ただ長く生き過ぎた娘です」

「……何を言っているの?」


やはり、この人とは理解しあえないのだろうな。解りきっていたことですが、改めて突き付けられるとは。

私は「そのままの意味ですよ。私は私だ、生まれも肩書きも関係ない」と呟いた。


「自分の生き方も、死に場所も自分で決めますよ。親も兄弟も知ったことか!」


私は今度こそ、長く生きて穏やかな生を全うしたいだけなのだ。

対する女性は、少し動きを止めた後で瞼を閉じると、くるりとこちらに背を向けた。


「……クローディアは、馬車の荷台から落ちて行方不明。そう伝えます」

「……私には関係ないですが」

「もし行く当てがないのなら、月と猫の国へ向かいなさい。エレンシアの名を出せば匿ってくれるでしょう」


言い残して、彼女は粛々と私から遠ざかっていく。最後まで、わかり合えなかった。

けれど…仕方のないことだろうと飲み込むしかないと、私は思っている。

女性の姿が見えなくなるまで、注意深く見つめ続けて…完全に消えた後。

ゆっくりと、大きなため息を一つ吐き出した。


******


かたん、と陶器の当たる音がした。

木で作られた玄関を開ければ、金色の豪奢なウェーブヘアの少女が、ログチェアに座り、優雅にティータイムを楽しんでいるところだった。


「おかえり、どうだった」

「どう、とは?」


少女の青い瞳が、にんまりとわらう。小さな唇も口角が上がっていた。まるで、にやにや笑いのチェシャ猫のようね、とエイダがいたらそう言うだろう。


「西の魔女を見くびらないでもらいたいね」


幼い少女のような外見だが、魔女を自称する彼女…リッカ・ルース・ハイデルベルグは、恐ろしく老成した大人のような話し方をする。

おまけに、人をおちょくるような口調である。


「あの人は、君の実母だろう?」

「さあ、どうでしょうね。ずっと両親は妹を可愛がっていましたから」


今さらだが、本当は体裁のために橋の下で拾った子供なのよと言われても信じられる気がした。それくらい両親はクローディアの事に関心がなかった。

母親に愛して欲しくなかった、と言えば嘘になるが、今更ながら彼女にそれを求めても無駄なのだろうなと思う。

それくらいの事を、前回で垣間見た。

あの人にとって、あの温かい家庭の姿は、ただの義務であり、自身の主への忠誠心から来るものでしかないのだと。

『クローディア』もその一部であっただけだ。自分が生んだ『娘』、妻としての『義務』。ただそれだけで、私が存在した事実が出来たなら、生きてようが死んでようが、どうでもいいのだろう。

母が探していたのは、エイダが『お姉さま』を心配したからに過ぎない。


「少し、すっきりしたようにみえるね」

「そうですか。別に言いたいことはそこまでなかったので」


いや、ほんとは色々なことがあった。かつての私が言いたかったこと、それをぶつけても良かった。

……それでも。

(一方的にぶつかっても、かつての私の気持ちはもう…)

今の私は、それを望んでいなかったのだ。


「ティアは子供らしくないね」

「同じような人生を何周もさせられていれば、性格だって変わりますよ」

「…それもそうだ」


ふふふ、と魔女もおかしそうに笑った。


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