ケンタと春のまるむし

ぽかぽかと暖かくなってきて、森の動物達が冬眠から目覚める季節になりました。

ここは女神ライア様が守護している森。普段は動物と微精霊達が楽しく過ごしている平和な森なんだけど、外からの侵入者が入り込むとライア様とドラゴンさんの魔法によって魔物達の巣窟に様変わりする、らしい。

そんな理由から、通称ライアの森と呼ばれている。


僕はケンタ。

ひょんなことから森の微精霊達に助けられて、この森で自給自足をしながら暮らしています。

森の中の家近くの畑を耕しながら、「春だな~」と思うことが多くあります。

例えば…畑仕事をしていると


『ケンタ~』


ぽよぽよしそうなボールのような丸い何か達が、地面を跳ねながら僕の回りに集まってきます。

それから、くわを持って土を耕している僕に向かって不思議そうに話しかけて来るのだ。


『なに、な二?』

『たねマキ?』

『オしごと?』


この子達は拳くらいの大きさの謎の精霊、僕はまるむしって呼んでいる。

まるむし達に囲まれるのは何時ものことなんだけど、春になるとまるむし達はふわふわ浮いている体をボールみたいに弾ませながら、僕にタックルしてくる。


『あノネ、きのみヒロった!』

『ボクはネっこ!ハっぱ!』

『これタベレル?』

『リョウリできる?』

「うわっ、……はぐっ、待っておちついてくれ……」


まるむし達の体はぽよぽよでほんわり温かいんだけど、タックルは少し痛い。

しかも何匹(?)もアタックしてくるので、答えようとすると別のまるむしが飛んでくる。背中とお腹同時にアタックしないでくれ。

何だこの数の暴力、僕は一人なんだぞ。


『あれ、ドシたノ?』

「……あの、悪いんだけど一人ずつ喋ってほしい」


まるむし達は集まって、頭に生えたアホ毛の丸まった毛先をぴんとさせると、『はーい』とお返事をした。

それから、一匹ずつの質問に答えることにした。

見た目はマスコットのようだけど、中身は人間の子供のように素直で無邪気。

ぱっと見はとても見えないが、れっきとした森の微精霊であるらしい。

実際に僕が森に迷いこんできた時、彼らが助けてくれたのだそうだ。


僕は元々この森から遠い村で暮らしていた。

先祖代々農家をしていて、親を手伝って農家をしていた。友達や幼馴染みもいたし、それなりに幸せだったと思う。

けれどある日、住んでいた村に魔王がやって来て村を滅ぼされてしまった。本当に唐突だった。

魔王が村を襲っていた時、僕は村を離れて近隣の川で釣りをしていたんだけど、村の方角から煙が上がっているのを見て「なんだろう」と思いながら村に戻った。

戻ってから目を疑った、村は焼け野原になっていた。建物は黒く焦げていて、まだ燃えているところもあった。

がくがくと震える足でどうにか家まで走ると、僕の家は既に炭に変わっていた。

震える手を抑えて辺りを探したけれど、村人も家族も生きている人はもういなかった。

そんな僕が途方にくれて空を見上げると、遠くの空に大きな翼と二本の角を持つ人間の姿をした物体が飛んでいるのが見えた。

後から聞いたが、それは魔王の姿だろうとのことだった。

この時の僕は頭の中がパニックになっていた。顔をくしゃくしゃにして泣きながら村から逃げ出した。

今更だが、村の皆をお墓を作って来なかったことを後悔している。ごめんなさい。

どこをどう歩いたのかわからないけれど、数日間あてもなく歩き続けて、体力的にも空腹的にも尽きた僕はこの森にたどり着いた。

森の中で倒れている僕を見つけてくれたのがまるむし達で、食べられそうなものと水を持ってきて助けてくれたのだ。

それから体力が回復するまでいるつもりが、なんやかんやあってこの森に住み着いている。


まるむし達が持ってきた植物の中に、春の食材を見つけた。


「あ、これは新芽だね」

『たべれる?』


まるむしがわくわくしながら聞いてくるので、僕はゆっくりと頷いて「うん、ありがとう」とお礼を言うと、まるむしは土の下に跳び跳ねて喜んでいる。

うん、やっぱりよく跳ねるボールみたいだな。


『ヤター!』

『これは?これは?』

「あ、タケノコ!これも大丈夫そう」

『わーい!またトッテくる!』

「ちょっとでいいよ、取りすぎはだめだよ!」


取ってきてもらっても、食べきれなかったら勿体ないから。

そんなことを思っていると、まるむし達がわくわくしながら僕を見ていた。

何かごほうびをくれ!といわんとしているように目をキラキラさせている(気がする)


『ゴハン!』

『おいしいもの!』


と言って催促されたので、僕はくわを道具置き場に戻しながら


「家にあるよ。食べる人は付いてきてね」

『たべる!タベル!』

『キョウはナニ?』

「ジャムサンドクッキー」


イチゴジャムと夏みかんジャムの二種類あるよー、と続けると、まるむし達が『わー、きゃー』と言いながらわちゃわちゃしだした。


『ケンタのおかし、おいしい!』

『マリョクいっぱい!』

『ボクたちも、げんきモリモリ』


なんだってさ。

僕もよくわからないが、まるむし達は僕の作る料理……特にお菓子類が好きみたいだ。森の中で取れた食材だと余計に喜んでくれる。曰く『マリョクたくさんでオイシイ』そうだ。よくわからないけど、まるむし達が好きな味だそうだ。

だからか、森で人間の食べられそうなものを見つけると、彼らは僕に持ってくる。そのあとに作った料理を分けてほしいと言ってくるのだ。持ちつ持たれつの関係ってことだ。

僕は一旦種まきを休憩して、近くの家まで戻ることにした。


家に戻ると、見知った顔の青年が入り口に立っていた。


「お、戻ってきたなケンタ!ちょうどよかった!」

「サトー」


簡単な皮鎧に大きなリュック、腰に短剣とクロスボウを装備している青年、サトーは元冒険者で今は商人をしている僕の友人だ。


『サトー!サトーだ!』

『サトーもクッキー』

『食べにきたの?』

『おいしいもの、ある?』

「相変わらずだな、お前ら」


まるむし達にまとわりつかれている僕にサトーは笑いを堪えていた。


「サトーも食べていくか?」


新商品の味見も兼ねているんだけどさ、と続けて友人へ言うと「いいのか?」と元気よく答えた。

僕は扉を開けて家の中に入ると、サトーに椅子を勧めた。まるむし達は久しぶりに来たサトーと楽しそうに喋っているみたいだ。

作ってあったジャムサンドクッキーと飲み物を用意して戻ると、サトーの周りをまるむし達が囲んでわちゃわちゃしていた。


「いてぇ、跳んでくんなお前ら!」

『ソトのハナシ!』

『もっとキキたい!』


まるむし達は一応精霊らしいのだが、すごい好奇心の塊だと思う。


「まるむし達は、サトーのこと気に入ってるんだよね」

『ドラゴンがダイジョブ』

『OKしたカラ』


体をぷるぷるさせながらサトーに対してどや顔をするまるむし達。

僕はテーブルにクッキーを乗せたお皿と飲み物の入ったグラスを置いた。その途端まるむし達が、わーっとクッキーの皿に群がる。


「じゃあ、先に仕事の方な」


といって、友人はバッグから硬貨の入った袋を出した。

サトーは町で商人をしており、いわゆる卸売業をしているそうだ。他の商品と一緒に僕が作った作物や薬を売ってくれている。

ありがたいことに、僕の商品はそれなりの値段で売れているらしい。


「これ、今週の分だ。回復薬がよく売れたよ。よく効くって評判だ」


そうか。良かった、と返して袋を受け取った。

するとサトーは、少し不思議そうな顔をして


「あのさ…ケンタの作る作物なんだが、特別なことをしてるのか?」

「いや、特には」


サトーは「じゃあ、この森に何かあるのか……?」と頭を捻っている。

どういうことなのかと思って、何かおかしなことでもあった?と聞くと、

大したことじゃないと返ってきた。

サトーは、それからクッキーをつまみながら「もし何かあっても、この森にはライア様の加護とドラゴンの旦那がいるんだし、心配いらないと思う」だってさ。いや、意味がわからないよ。


「そうですわ。黒竜は強いですもの」

「そうそう。最初に挑んだ時に、俺は生きて帰れないと思ったもんな」

「僕も……あれ?」


たわいもない話をしていたはずだけど、まるむし達とサトー以外の声がした気がする。

それに、まるむし達がやたら静かになっているような…


「ケンタくん!このクッキー、いただいてもいいかしら?」


鈴を転がしたような声。

この質素な家には似つかわしくない綺麗なドレス姿をした女性がいつの間にか入ってきていた。


「めっ……ライア様?!」


美しく整った顔をした女の人が驚く僕に微笑んでいる。何回か会っているのに僕はこの女神様に慣れてなくて…上擦った声で、はいどうぞと返事をする。


「ふふっ、クッキー甘くて美味しいわ。ジャムがいいわね」


とても満足そうにお菓子を食べてから、

イチゴの甘さとクッキーの食感が美味しい、とか夏みかんの甘酸っぱさがいいわね、とすごく褒めちぎってくれている。

少し…いや、かなりこそばゆい気持ちになるが、なんだか嬉しい気持ちになった。


「よかったです」

「ねえ、今日の夕飯はなにかしら?」

「んー、タケノコでスープ作って…あとは炊き込みご飯にでも」

「わかりました。楽しみにしてるわね!」


ライア様がとてもいい笑顔をしていた。…僕のこと、料理人だと思われていそうだな。

何故か僕の作るごはんを気に入って下さったようで、食事時になると現れてにこにこしながらごはんを食べていく。

うん、まあ森の主へのお供えだと思えばいいか。


「…女神って、食事するのな」

「うん、知らなかったよ」


僕も不思議としないものだと思ってたよ。すると、おとなしかったまるむし達が、僕の方にふわふわと寄ってきた。


「ん?」

『クッキー、ライアさまにタベラレた』

『まだタベタカッタ……』


女神様は、いつの間にか皿を抱え込みそうな勢いで食べていたようだった。

……なんか、ごめんね。


「心配しないで。残りのクッキー出すね」


僕はまるむしの頭(多分)をよしよししてから、クッキーの残りを取りにいった。

うーん、本当はこれをサトーに売って貰おうかと思っていたんだけどな。今回の分は薬草チョコレートと薬だけにするか…と少々残念に思いつつ、クッキーをお皿に乗せる。


「食いしん坊な奴らだな」

「あはは…」


森の中の生活は、大変だったりもするけど、なんだかんだと楽しく過ごしています。

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