人魚姫は魔法使いと旅に出た


1・人魚姫と月と呼び名


泡になりかけていた人魚姫は、通りすがりの魔法使い達の力で魔女に奪われた声を取り戻しました。

人魚姫は旅の魔法使いにお願いをして、再び人間になることを選びました。

旅の魔法使いの力で心をもらって人間になった《元人魚》の少女は、恩人である彼らに付いていくことにしたのです。


そんな少女を加えて旅を始めた魔法使い一行ですが、早々にこんなことがありました。


「じゃあ、自己紹介をしようよ」

「じこしょうかい?」


呟いてから、なんの事だろうと言いたそうな少女。

そんなことは構わずハーフアップツインの少女は口を開きます。


「私からね、名前はソフィア。師匠の弟子をしてまーす。で、こっちは」

「ソフィアの師匠をしてます、ルートヴィッヒだ。ルーイでいいです」

「ソフィアさんに、ルーイさん」


魔法使いコンビの紹介に、元人魚の少女がつぶやいていました。


「不思議そうな顔をしていますが」

「まだ人と話すのが慣れないな、と思って」


少女はまだ、上手く発音するのに慣れないようです。

無理もありません。

つい先日まで魔女に声を奪われていたのですから。


「そっか、しばらく喋れなかったんだったよね」

「それに…故郷の海では、あまり名前を呼ばれたことがなかったんです」

「どうして?」


今度はソフィアが不思議そうに訊ねました。

少女はゆったりと口を開きます。


「末の娘とか姫様とよばれてました。

地上に上がった時は、王子様達が『マナ』とつけてくれたのです」


そんな二人の話を聞きながら魔法使いことルーイは、こんな提案を口にしました。


「……せっかくです、新しい名前を付けたらどうだろうか」

「えー、マナさんでよくありませんか?」


弟子がそう言っていますが、ルーイは構わず少女に語りかけます。


「何か好きなものはあるか?それから貰うのはどうかな」

「そう…ですね」


尋ねられて、少し悩んだ少女は思い付いたようです。にこにこと


「ダイオウイカ!」

「……言いにくいよ!」


少女が深海に住むイカの名前を選ぶとは、これには魔法使いのお二人もびっくりのようです。

思わずツッコミをするソフィアのリアクションに、少女の方はぽかんとしているだけです。


「ダメかなあ。チョウチンアンコウ、ベニクラゲ、ホオジロザメとか」

「すごく噛みそうだよ!」


何れも海の中で有名な生き物ですね。


「みんなには海に住んでる時に助けてもらったから…」

「(名前のチョイスがおかしい)」


少女がしょんぼりと頭を下げていますが、魔法使いと弟子の二人は彼女の少し微妙なネーミングセンスに頭を捻っているようでした。

それならどうしようか、と少女が空を見上げると、丁度日が暮れてきていて、満月が昇っていく途中でした。

少女は、思わず呟きました。


「夜の空に浮かんでる、丸い光…?」

「お月さまのこと?」


ソフィアの言葉にうんうんと少女は頷いていました。


「月…ならセレナでどうだろう?」

「ナイスです、師匠!」

「今日から君をセレナと呼びます。……どう?」


少し戸惑うような表情で考えこんだ少女は、やがて頷きました。


「いいですよ。でも…」

「どうかしたの」

「深海魚の名前って、すごく強そうじゃありませんか?」

「名前に強さ求めてたの?!」


セレナと決まった後も、何が良くなかったのか不思議そうにしています。

人魚の国では強そうな名前が好まれたりするのでしょうか。

実は見た目の割に脳筋なのでは…と魔法使いとその弟子は思ったのでした。







2・人魚姫と切れない未練


お日さまが降りて、お空にぽっかりとお月さまが浮かんでいるある夜のこと。

魔法使いことルーイは奇妙な音で起きました。

今日は三人で野宿です。

万が一魔物や盗賊に襲われないように警戒用の魔法を張っていますが、それでも気になったようで、ゆっくりと辺りを見回して、ぴたりと止まりました。


「…セレナ?」

「っ……ううっ…」


セレナは眠りながら泣いていました。

今までの事を思い返せば、彼女には辛い出来事が続いていました。

普段は笑っていることもありますが、まだ傷は癒えてないのでしょう。

ルーイはそんなことを考えました。


「…ごめんなさい、お姉様……王子様…」


ルーイは思わず聞いてしまった後に、はっとして頭を振りました。


「……人魚の泣き声か。迂闊だったな」


人魚の歌声は美しい故に人々を惑わすと言います。同様に、その泣き声も。

いわば、音を使った魔法に近いです。

寝言とはいえ、セレナは元人魚です。人魚としての力がなくなったわけじゃありませんでした。

不意打ちとはいえ、間近で聞いてしまったせいで頭がびりびりしました。


「セレナ、起きろ」

「……っ。まほーつかい……さん」

「君はいま、うなされて…」

「……みんないなくなってこわかった」

「…そうか」

「でも、魔法使いさんの声が聞こえた。そしたら…目が覚めて」


セレナはまだぼんやりとしていました。

ほっと息をはいたルーイは、少し考えた後に


「それは夢です。今の君はここにいる」

「……ほんと?」

「そう。だから安心しておやすみ」

「…魔法使いさんは、いなくならない?」

「泣かれたら困るからな」


魔法使いは意外と面倒見がいいようです。目を閉じた少女が眠ったのを確認すると、自分の寝袋をそっと持って来ました。

その日は少女の近くに寄り添って目を閉じました。


それから朝、目が覚めたセレナは大分慌てていました。

彼女の側に魔法使いがいたのですから。


「え、あの魔法使いさん?!どうしたのですか」

「いや、君がいなくならない?って聞くから」


赤くなったり青くなったりを繰り返しながら、セレナは「夢じゃなかった……あううう」と小さくなっていきます。

夜に話した事を思い出したのでしょう。

魔法使いの方へ向き直ると、頭を下げました。


「……ごめんなさい、魔法使いさん」

「ルーイだ」

「…え、と。知って…ます」


よくわからない表情を浮かべたセレナに対して、魔法使いことルートは、冷たい声音で口を開きました。


「俺はセレナと呼んでるのに、他人行儀じゃないかと思いました」

「…ルーイ、さん」


すると、魔法使いは少し微笑みました。

セレナはぽかんとしていますが、なんだか二人の距離が縮まったような気がします。

そこに、ソフィアも起きてきました。


「おはようございます師匠。あれ、セレナさんが元気ないけどどうかした?」

「夢見がよくなかったそうです」


師匠と弟子が会話をしている横で、セレナはなんだか顔を俯いてしまいました。


「(一瞬きれいな笑顔してて、勘違いしそうだった。すごく恥ずかしい!)」

「……大丈夫?もしかして師匠にいじめられた?」

「ソフィア」





3・人魚姫と諦めない魔女


人魚姫の声を対価にヒレを脚に変える薬を作った魔女は、どうやら各地で違法な魔法を使っているようです

と魔法使いとその弟子はセレナに聞かせてくれました。


「二人は違法な魔法を取り締まるために旅をしているんですよね」

「そうなのです。私達は魔法の国の王様に仕えているのですよ!」

「魔法の盛んな国なんだが、それだけ魔法に関するトラブルも多いからな」


セレナが更に話を聞くと、あの魔女も同じ国の出身だそうです。

二人は直属の上司の命令で幾つかの魔法のトラブルを追いかけている、とのことでありました。

その時に偶々、セレナと出会ったそうですが…


「まさか、あれが関わっているとは思ってなかったので、ついブッ飛ばしてしまったんだ」

「そうなの!師匠と色々ありましたからね」

「うわあ……」


二人が巻き込まれた魔女との騒動話はまた今度お話するとしましょう。


「アイツ、セレナさんの声を使って何をしようとしてたんですかね?」

「『人魚の声』は人を惹き付けますからね、きっと良からぬことを考えていたんでしょう……間に合ったからまだよかったが」

「二人とも容赦なくてびっくりしました」


二人は言いました。

あいつに手加減はいらないんだと。

魔女に対して色々あったみたいで、顔が本気を物語っています。

……深く聞かない方がいいのかもしれません。


「でもセレナさんの声が戻ってよかった。リスク無しで人間の姿になってるし、さすが師匠の魔法ですね!」

「……そうだな」

「魔法使いさん?」


ソフィアが満面の笑みを浮かべて声を弾ませますが、ルートヴィッヒはあっさりと答えました。

そんな二人に、セレナは不思議そうな顔をしています。


「少し寝不足なだけだ。お姫様の夢見が悪いせいでな」

「……うっ、それは」

「ルーイと呼んでくれと言わなかったか?」


戸惑いながらも少女がその名前を呼ぶと、魔法使いは優しく笑いかけました。

そんな様子に、ソフィアはによによと頬を緩ませています。


「ソフィア、言いたいことがあるなら言え」

「何でもありませーん」


少し楽しげな雰囲気の三人の上から、不意に影が過ります。


「ちょっと!何を微笑ましいことをしているんですか!」


え?

何だか聞き覚えのある声ですね。


「あ、師匠のストーカー(オネエ)だ!」

「吹っ飛ばしが足りなかったのか?」


あの時、二人がかりの魔法で派手に吹っ飛ばしてしまったはずですが、意外とぴんぴんしていました。

魔女は言います。

どうして人魚姫を連れているんです!しかも…と何だか不服な様子です。

それをソフィアはめんどくさそうな顔で見てましたが、ふとセレナを見て困った様な表情をしました。


「……セレナさんごめんね。この魔女は師匠に女の人が近づくだけで喚くの。気にしないでいいからね」


ソフィアは強気そのもので魔女にいい放ちます。

すると、魔女は声を荒らげ始めました。


「黙れ小娘が!お前こそそろそろ一人立ちしたらどうなんですか」

「小娘だから大人と一緒にいるんですー。ほら私ってかわいいから~」

「なっ!」

「こら、あまり煽るんじゃない」


ぶるぶると真っ赤になっていく魔女の様子に、ルートが弟子を止めに入りました。

それにソフィアは、だってコイツ私の敵だもん、と言います。

それには魔法使いも、微妙な表情を作りました。


「…私が現れたのは他でもない!そこの人魚姫!魔法使いと一緒にいるのはお止めなさい」

「意訳・若い娘と魔法使いが旅してるのが気にくわない」

「かわいらしい顔してさっさと男を変えるなんて、なんて怖い女なのでしょう!信じられませんよ!」

「意訳・可愛い女性と一緒にいたら自分を見てくれなくなるから、嫉妬で狂いそうムキー!」


声高に喚いている魔女の台詞に、ちゃちゃ入れするように的確(?)な訳をソフィアが入れていきます。

魔女は本音を曝されているせいか、声色がいつもよりも低い声でソフィアに問いかけます。


「……小娘?さっきからうるさいですよ」


本来の男性の低い声は、びっくりする程恐ろしく、セレナは目を丸くしていましたが、ソフィアはそれに反応しませんでした。


「えー?ごっめーん。あまりにも分かりやすく嫉妬してるんだもん。胸糞わるくってー」


茶目っ気たっぷりな魔女っ子の態度に、魔女はムキーッと言いながら唇を噛んでいます。

その魔女の嫉妬する様子をじっと見ていたセレナは、ぽつりと呟きました。


「愛に狂うって……ですね」

「ん?」

「狂った人間の心は、醜いですね」


暗い海の色の瞳で魔女を見ていたセレナが呟くと、魔女の白い顔が真っ赤に染まりました。

そして、目を吊り上げて睨み付けます。


「何をバカな事を言っている!お前こそ、王子に心を奪われて恋に狂っていたのだろう?!

危険を犯して恋を追いかけて、それでもお前は報われなかったではないか!私と何が違うんだ!」


確かに、その通りかもしれません。

しかしセレナは顔色を変えずに、真っ直ぐに魔女を見ていました。


「な、なに黙っているんだ。お前こそ」

「やめろ『魔女』」


そう言ったのは、魔法使いでした。

魔女は驚いて、ぴたりと黙ります。


「そうやってまた彼女から『声』を奪うつもりか?」

「……っ?!」


図星だったのでしょうか、魔女は声を詰まらせて焦っている様でした。

セレナは魔法使いの顔を見ますが、彼は魔女へ話を続けます。


「ああ、正しくはその声の魔力だろうが。残念だがそれは無理だ」

「な、んですって?!」


魔女の切れ長の目が、鋭くつりあがりました。甲高く悲鳴を上げています。


「彼女は今は人間だ、魂を得た」

「………いったい、だれが……!!」


魔法使いはその言葉には答えません。

その代わり、弟子の少女に問い掛けました。


「準備は出来てますか、ソフィア」

「いつでもオッケーです!」

「なら、さん、に、いちで」

「ごー!」


魔法使いの師弟は息ぴったりのコンビネーションで、魔女の周りに拘束魔法を発動させました。

動揺していた魔女は、目を白黒させてましたが、慌ててカラスに変身して逃れようとしました。


「……くっ!捕まるものですか!」

「させない!……いけっ!」


そこに、後から発動したソフィアの魔法が爆発しました。

結果、魔女はまたまた吹き飛ばされてしまったのですが、魔法使いの師弟はどこか清々しい顔をしています。


「……」


しかし、セレナは何かを考えている様でした。


「もしかして魔女に言われたことを気にしてる?」

「そんなことないです」

「気にすることない。それに、君とあいつはやっていることが違います」

「そうそう」


何かが引っ掛かっている様子でしたが、彼女はそれを口にはしませんでした。


「(わたしの恋は、叶わなかった。けれど……)」



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