人魚姫が魔法使いと出会ったら?

ざざーん、ざざーんと、静かな波の音。

ここは海。時刻は夜に差し掛かろうかとしている時間帯、周りには誰もいません。

そんな波打ち際で、女の子が短刀を握りしめたまま、固い表情で座り込んでいました。


「(どうしよう)」


緩くふわふわとした長い銀色の髪の、笑えばかわいらしい顔立ちの少女です。しかし、今の表情からはその面影は消えてしまっています。

暗い海のような色の瞳には、目の前の海と手元の短刀が交互に写りこんでいます。

少女はいま、辛い選択を迫られているのでした。

彼女は元々、人魚のお姫様でした。海の世界にいた彼女は、地上への好奇心からよく海の外を覗いていましたが、ある日船から海に落ちた人間の王子様を助けたことから彼が忘れられず、海の魔女に人間になる薬をもらいました。

しかし、その薬を貰う引き換えとして人魚姫の美しい声は魔女に奪われてしまいました。薬の効果で尾ひれが二本の脚に代わり、陸に上がった彼女は助けた王子と出会うことができました。ですが、話せないので自分の気持ちを伝えることが出来ません。そのうち、彼女を人魚姫と知らない王子様は他国のお姫様と恋に落ちました。やがて二人は結婚することになりました。王子の心はお姫様のことを愛するようになっていたのでした。

……『人魚姫』を知っているあなた方はお分かりでしょう。魔女のくれた薬には条件があります、人魚姫は王子と結ばれなければ泡になってしまうのです。

それを知った人魚姫の姉達は、魔女から美しい髪の毛と引き換えに魔法の短刀を貰って人魚姫に渡して言います。

二人が結ばれる前に、王子の心臓に短刀を刺しなさいと。そうすれば人魚姫は助かると。ですがそれは、王子様を殺してしまうことになる。

泡になるのは怖い、けれど王子様を殺したくない彼女は、そんな事情でずーっと一人で考えていたのでした。


「(やっぱり泡になるしか…)」


短刀を持っていた手を離そうとして、やっぱり泡になるのが怖くなっているうちに、どうしてか目から涙が出てきます。

慌ててこすって止めようとして、不思議な声が彼女に掛かりました。


「もし、そこのお嬢さん」

「なにしてるんですか?」


振り向くと、そこには見たことない格好の青年と少女が立っていました。二人とも、港町なのにローブを纏っています。

人魚姫が二人の事を、旅人なのでしょうかとぼんやりと見つめていると、少女の方がぎょっとして駆け寄ってきました。


「ちょっと、大丈夫ですか?!」


明るい髪にハーフアップツインのまさに魔女っ子と行った見た目の少女が、人魚姫にハンカチを差し出します。遅れて青年が歩いて近づいてきましたが、彼は人魚姫を一目見て、怪訝そうな顔になりました。


「…ん?貴女。何だか妙な呪いにかかってますね」


ぱちぱちと目を見開きました。

呪いって何のことだろうと思ってると、青年は続いて、人魚姫が口が聞けないことも当ててみせました。


(何でわかるんだろう?)


二人は旅の魔法使いだと人魚姫に言いました。このままでは埒があかないと言って、青年は彼女に魔法を掛けました。

声が出なくても喋れるようになった人魚姫は、何でここにいたのかを二人に話しました。

元は海の住人だったこと、王子さまに近付きたくて魔女に魔法をかけてもらい脚を得たこと、けれど王子さまに婚約者が出来たこと、王子に短刀を刺さなければ、自分は泡になってしまうということを


「それはそれは…」

「あのう、これってもしかしなくても…」


その話を聞いた魔法使い二人組は、何か心当たりがあるような素振りをみせました。

思わず二人に訪ねると、少女がこう言います。


「あのね。人魚姫さん、泡にならなくてすむかもしれない」


どういうこと?と更に訪ねると、今度は青年の方が口を開きました。


「実は二人で魔法使いの取り締まりをやってまして。それとは別に、魔女とやらの魔法も研究しているのです」

「魔女と聞けば尚更見過ごせないですよね?」

「……はあ」


にやにやと笑い出した少女に、なぜかため息をひとつ吐き出していた青年改め魔法使い。

彼が言うことには。彼らはとある魔法国の王の命令で、魔法使いの違法取り締まりをしている人達らしい。実は最近、掛けた人物に対価を貰う違法な魔法を使う輩が増えているのだそうだ。

そう言われてみれば、人魚姫の貰った薬も対価として声を取られていました。


「今の魔法は進化していて、対価を取るような魔法は禁じられています」

『そんな!』

「ざっと見たところ、この魔力…」


人魚姫から出ている魔力で、違法のものかどうか分かるらしい。連れの少女が言うには、魔力の観察眼が優れているとのこと。


「いや、やや呪いじみているが恐らく解くことができると思います」

『!!』


二人が言うには、どっちにしても海の魔女の違法魔法を止めなければならないので、とっちめに行くとのことでした。


「明日の朝には泡になってしまう。その前に解除をしなければ。……さ、どうする?」

『…お願いします。二人とも』


助けて下さいと頭を下げれば、魔法使いはわかったと頷いた。少女はにやりと笑って、仕方ないよねと呟いていました。

さて、薬の力で掛けられた魔法を解除するためには、奪われた声が必要です。三人は相談をそこそこに魔女が寝静まるのを待って魔女の住み処にやって来ました。

因みに海の中でも、魔法使いの二人は、水中でも地上と同じように動ける魔法を掛けていたので呼吸も違和感ないようです。

人魚姫も人間の姿だったので念のため掛けてもらいました。

遠目から魔女の行動を観察しつつ、青年が偵察に向かいました。ちょっと血色の悪い肌と細い手足をした妙齢の魔女です。よくいる鼻の高いおばあさんの魔女ではありませんでした。

そこで少女は、あ、と口を開くと、人魚姫にすかさず近寄りました。

なにかを見つけたようです。


「よく見て人魚姫。あの魔女の首辺り」


言われた通り、その首を見ると。

真ん中辺りがぽっこりと出っぱっていました。これって、つまり

あの……喉仏……?


『…ん?おと……う、えええ!』


海の魔女って女の格好してたけれど、男だったの?!

思わず目を丸くして声にならない叫びを上げていると、いつの間にか海の魔女がやって来ていました。


「何を驚いている人魚姫!私の心は乙女なのですから」


その叫びが聞こえる魔法使い二人組も現れました。人魚姫はずっと女の人だと思い込んでいたので、余計驚いたのでしょう。

因みに『魔女』とはその土地によっては男でも魔女というらしいので、間違いではないそうです。


「乙女が聞いて呆れる」

「ただのおっさんじゃん」

『おネエの魔女……あうあうあう』

「人魚のお姫さまがうろたえている」

「し、しつれいな!」


海の魔女は焦りつつも、ふんっ!と鼻息を荒くしました。


「しかし、よく来てくれましたね魔法使い!ふふふ、なんと言う幸運!」

「うるさい黙れ」

『お知り合い…?』


よく見れば、魔女は少し喜んでいるように見えたので、人魚姫は不思議でした。

ですが次の瞬間、少女の口からは衝撃の言葉が放たれました


「あははー。当たっちゃいましたね。この魔女は師匠のストーカーです」

『えええええ』

「変質者で変人の困った奴です」

「ちょっ!こら、ストーカーまではしてないでしょうが!」


どの口が言ってるんだ、と魔法使いコンビが睨むと、魔女はむきー!とヒステリックに叫びました。人魚姫の頭の中はショックが多くてパニックになりました。頭をおさえて右往左往しています。


『おネエさんだから、魔法使いさんのこと好き…?でもあれ、男の人同士…?』

「考えなくていいから、こっちは相手にしてないので」

『ふお!』


そんな彼女の肩に手を置いた魔法使いは、軽く彼女の頭を叩いて落ち着かせました。軽く目をぱちくりさせていましたが、とりあえずは収まったようです。人魚姫は海で育ったので、少々世間知らずで純粋なのでした。


「私は海の住人の願いを叶える代わりに、美しいものをいただいているだけ!それをどう使おうと私の勝手でしょう」


それから、魔女は人魚姫の声が入っているビンを手にします。


「あとは、この声を美しい声に変えるだけ」

『わたしの声!』

「そして、その男を見返すのです!」

「わあ、なんて未練がましい」

『ええー…』


半分魔女についていけなくなった人魚姫は思いました。どうでもいい気がしてきたと。


「人魚姫さんの声?ここにあるよ?」

「流石、手癖が悪い」


ぎゃー!と叫び出した魔女を横目にいい気味だと笑う少女の方が、魔女っぽく見えたのはこの際どうでもいい気がする。

魔法使いはさて、と呟いた。


「それじゃさくっと倒しますか」

「はーい。人魚姫は下がってくださーい」

『この人達容赦ない!!』


魔法使いと少女は、話している間に準備をしていた大規模な魔法を放ちます。人魚姫は魔法使いと少女に庇われていましたが、目の前が光の本流で塗りつぶされて思わず目を瞑りました。暫く経ち、光が落ち着いた頃に目を開けるとそこには海の魔女は姿を消していました。

二人が言うには、海の魔女は空の彼方に飛ばされたとのこと。そんなことってお話の中以外にもあるのかと思いました。

目の前には、大事な自分の声が魔法によって小ビンに納められていました。


「で。人魚に戻る?」


魔法使いは、小ビンを人魚姫に渡しました。

蓋を空ければ、声が戻る。そうすれば人魚の姿に戻る…少しだけ、迷っていました。

人魚姫は密かに、人の体に心残りがありました。


『泡になりたくないです、でも…一つお願いあるんです』

「え?」

『リスクなしで人になることって出来ますか?』




りーんごーん

りーんごーん


教会から、鐘の音が聞こえます。

今日は、この国の王子と彼の愛するお姫様の結婚式が盛大に行われていました。

その場所には、ふわふわの長い銀髪の娘の姿もありました。人の姿で二人が祝福される瞬間をお祝いしたい、それが人魚姫の心残りだったからです。

幸せそうな二人を見届けると、彼女は真っ直ぐに海の方に向かいました。そこには、青年と少女の二人組が待っていました。



「地上に馴れてませんが、よろしくお願いします」

「…いいんですか?」

「ついてくると言う人を追い返せないですよ」

「恩返しさせてください。魔法使いさん!」

「それに一人にしておくと危なっかしい気がするので」

「すぐ騙されそうですもんねえ、お姫さま」


そんなわけで、王子さまを祝福した元人魚の娘は魔法使いの魔法で人間となり、彼らに恩返しをすべく一行に加わりました。

何故声も出ていて、人になれたのかといえば。


「どうして心をくれたのですか?」


人間と違って魂のない人魚姫は、好きな相手から心を分けて貰うことで人間になれますが、彼女は魔法使いの魔法で心を分けてもらえました。

なので、人魚姫は不思議で仕方ありませんでした。


「折角生まれた心で考えてくれ」

「え?…わからないから聞いたのに…?」

「……」

「あ、これ前途多難の予感しかしないやつ?」


そのようです。


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