私と雨の日の図書室


青い透明の下敷き越しに、グラウンドを見る。薄い青空から降り続く雨と、静まり返った校庭は、青色が影になって一層の寂しさを覚える。普段は部活動の生徒で賑わっているはずの場所が、別の場所のよう。

フィルター代わりの青色が更にそれを誇張しているようで、わたしは思わずため息を吐き出した。


「なにやってんの?」


ふっと下敷きが取られる。わたしーー古里こざと弥花みはなが驚いていると、呆れたような表情の少年の手にわたしが持っていた青色の下敷きがあった。この人に取られたみたいだ。


「えーと、面白そうだったから」

「そうなの?」


不思議そうに、わたしの下敷きでわたしの姿を覗き見る。彼は同じクラスメートの水代みずしろけい。時々会うとこうしてからかってくる。

思わずここが図書館であることを思い出して辺りを見回すと、幸いにも誰もいなかった。

やっぱり見られてたら恥ずかしい。


「全部青に見える」

「そりゃあね」


わたしは下敷きを取り返して、改めてグラウンドが見える窓をみる。

こうやって、青の下敷きを通して見る世界が、何だか好きなのだ。とくに、雨の日は。


「それ、楽しいの?」

「んー、だって。雨の日でも青空になるよ?」


ふーんと頷いた水代くん。彼は図書委員で当番の時はいつの間にか話しかけてくる。一応、お仕事はいいんだろうか。

彼は空を見ながらぽつりと呟いた。


「雲が灰色だ」


それから、ほんとに面白いの?と言いたそうに視線を寄越されたが、無視を決め込むことにした。なのに『古里さん、帰りどっか寄らない?』と話しかけてくる。

なんだか、ちょっと気が散る。


「わたし、水代くんと帰るって言ってないよ」

「意外と辛辣ですね!」


まだ帰るつもりもなかったし、彼にわたしの事は関係ない。多分。

そう思って、鞄に青い下敷きを閉まって帰る支度をすることにした。ここにいても気分がよくないし。


市川あいつ、また雨の中走ってる」


思わず、とくんと脈を打つ。

平然を装って、彼の方へ…グラウンドを走る人に目線を落とす。さあさあと降りしきる雨の中を、制服姿の男子生徒が校門を目掛けて走っていた。

その先に、可愛らしい色合いの傘を指している女の子が待っている。


「傘忘れたのかな、市川くん」

「それいうなら、あいつは万年もってきてない」


どこか呆れたような水代くんと「持ってくればいいのにね」「どうだろ」といいあう。

大人しく傘を持ってくる感じじゃないけど。

市川くん達二人は二言三言交わした後、何だかんだと言いながら帰っていく。彼女は可愛らしい傘、市川くんは彼女に渡されたらしきシンプルな折りたたみ式の傘をさしながら。

毎度お決まりのやり取りだ。雨が降るたび、帰りがけの彼女に傘を借りる姿を、何時も見た。

見る度に、少しだけ心が痛むような、何とも言えない気持ちになるけれど、まだ諦めることが出来てなくてもやもやとする。

まるで、しとしとと降る雨のよう。

今降っている雨も、なんだかこの気持ちを見透かしているようで、ため息をはきたくなる。

そういえば、古里さん。と水代くんは不思議そうな顔をした。


「雨の日はいつも此処に座ってない?」


まさか、グラウンドを見るためにここに座っているなんて言えなかったわたしは咄嗟に


「此処って静かだから」


平然を装って返すと、

それより、図書室の仕事いいの?と呟く。彼はそそくさとカウンターへと向かっていった。


雨の日の放課後、私は窓際の席に座って窓を見る。彼はカウンターで図書室の仕事をしながら、何だかんだと話すのが日常になっていた。


「古里さん、雨の日は好き?」

「わたしは……どうだろ」


何故だか、水代くんはふわりと笑っていた。






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