第3話 ロックバンドであってそれからは程遠い彼ら・彼女らのルックスと演奏とに、わたしの脳は侵されてしまった

「あれ? 珍しい」

「何が」

「だって、急に客が増えて来たよ」


次のバンドの機材がセッティングされ始めると、狭い階段を数珠つなぎで客が降りて来る。オーナーが不満げに言う。


「カナエ、うちがいつも閑古鳥鳴いてると思ってたのか。そりゃ俺のせいじゃない、バンドのせいだ」

「うわ、サイテー」

「いやいや、事実次のバンドはこれだけの集客ができるんだよ。コンテンツの問題だ。ハコのせいじゃないってことだ」

「へえ。なんてバンド?」

「4live。地元のライブハウスを出禁になったからこっちまで遠征して来たんだ」

「へえ。相当ヤンチャなバンドなの?」

「全然。みんな大人しいぞ。ヤンチャどころか4人全員いじめられっ子らしい」

「へえ。なのになんで出禁になったの?」

「全員、中学生なんだよ」

「中学生!?」


ほぼすし詰め状態になったのに客席はしんとしてる。異様な雰囲気だ。まるでクラシックのコンサートみたいに咳払い一つない空気の中、4liveのメンバーがステージに上がって来た。


「え。何あれ。普段着じゃん」


ギター・ヴォーカルの男の子。ギターの男の子。ドラムの男の子。この3人は明らかにショッピングセンターで母親に買ってもらったに違いないトレーナーとジーンズ、それにブランドもどこか分からないスニーカーで同じ センス。ルックスも凡庸。ベースの女の子は、翳はあるけどはっとするぐらいの美形で長身。けれども、スポーツメーカーの濃紺のジャージ上下に紐を通してないデッキシューズを履いただけでまるで近所のコンビニにでも行くかのような出で立ちだ。

そして4人の共通項。全員目がおどおどしてて挙動不審だ。


「こんばんは」


ギター・ヴォーカルの男の子が、明らかに震えた声でそう一言だけつぶやき、彼のカッティングでいきなり曲が始まった。


「う、わっ!」


・・・・

いつも密かに生きてる 毎日控えめに生きてる

肝心要の言葉すら 言えないぐらいに密かに


いつも生きてる いつも密かに生きてる

毎日生きてる 毎日密かに生きてる


・・・・・


わたしの体が全く動けなくなった。何が何だか分からないままに曲が完結していた。誰も拍手しない。拍手すらできないのだ。

そのままヴォーカルの男の子は曲紹介も何もせず、ただ残り3曲を叩きつけるように演奏し、またおどおどとステージを降りて行った。


「ちょ、待って!」


演奏後も呆然として動けない観客を押し分けてバンドの後を追っかけた。

ベースの女の子が立ち止まってわたしを振り返る。


「・・・はい」

「あなたたち、なんなの?」

「え・・・何って、どういう意味ですか?」

「だから、どうしてあんな演奏できるのよ!」

「あ、すみません、下手くそで・・・」

「違うよ、すごかった、って褒めてるつもりなんだけどな」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」


消え入るような声で答える女の子と、立ち止まってただそれを見ている男の子たち。なんだ、こいつら。


「ねえ、いつからやってるの?」

「え・・・中1の時からです」

「今何年生?」

「中3です」

「ふーん・・・高校、どこ行くの?」

「え・と・・・行けないかも」

「なんで?」

「わたしたち、全員不登校で出席日数足りないんです」

「いじめに遭ってるの?」

「・・・わたしの主観では、そうです」

「・・・」


オーナーの怒鳴り声がした。


「おい、カナエ! こいつら9時までには帰宅させる約束なんだ!」

「あ、ごめん・・・あと一つだけ、次またここに出る?」

「わかりません」

「カナエ!」

「じゃあ、失礼します」


4人は行ってしまった。


「ねえオーナー」

「なんだ。そんなに気に入ったのか」

「わからない。自分でもよくわかんない」


本当に自分でもどうしたいのかわからなくなった。

ただたださっきのギターのリフと、彼ら・彼女らの切羽詰まった冷めた歌声が幻聴のように脳内でループしていた。


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