第3章 オートハート
第14話 眠り
早朝。
ミシッミシッという頭上からの音で俺は目を覚ました。真上は1階、レティの部屋だ。
丸2日くらい爆睡していたが、やっと起きたらしい。よかった。
レティは普段は朝イチに起きて、そのまま新聞と郵便物をポストに取りに行く。今日も起き抜けに取りに行くのだろう。
――足音は帰ってこなかった。
「…おかしい」
時計の長針はもう半周ほど進んだ。なのにレティは戻ってこない。
何かがおかしい。
ギギッと音を立てて俺はベッドから起きた。セスくんが起きないように、そーっとドアを開ける。けど、セスくんはベッドにはおらず、部屋の真ん中の机に突っ伏して寝ていた。何度も消してまた書いて、また塗りつぶしてを繰り返されたヨレヨレの羊皮紙が、セスくんの頭の下にあった。
一体セスくんは毎日毎日、何を作ろうとしているんだろう。少し見てみたけどサッパリ分からない。球体っぽいけど真ん丸ではなくて、ちょっと楕円よりでデコボコで、とにかく複雑そうで…、分からない。
しょうが無いからセスくんに毛布を掛けて、1階に向かった。
サビ臭い梯子に手をかけて、一段一段しっかり踏んで登る。3mもあると上の方に行くと大分怖い。
天井に付いた扉を押し上げ、顔だけ出して1階の工房を見渡す。
「……レティ?」
返事はない。そのまま床に足をつき、立ち上がったけど、やっぱり誰も居なかった。
もしかして、俺が寝ぼけて聞き間違えたのか、と思ってレティの部屋を覗いてみたけど、やっぱり居なかった。
「………」
足元の部品に注意しながら玄関に向かい、ドアを開いた…いや、開こうとした。地面近くにある何かにぶつかって、ドアは少ししか開かなかった。
「え…」
心臓が早鐘を立て始める。嫌な予感。見たくない。直感的に俺はそう思った。
けど、開けないと。
ドアをむりやり開き、隙間に体をねじ込んで外に出た。足元の、ドアが開くのを妨げていたものを見て俺は愕然とした。
そこには、真っ白な顔をしたレティが倒れていた。陶器のような肌に朝日が当たり、生きた人の顔には見えない。
俺の頭の中を最悪な思考が駆け巡った。
「…レティ?」
返事はない。息は?
「………ある…!」
微かに、俺の手の平に浅い息がかかった。
どうすればいい?落ち着け、報告、連絡、相談だ。レティが教えてくれただろ。
「せ、セスくんっ!!!起きてくれ!起きろおおお!!!」
地下から色んな物が崩れる音がする。
「………な、な、なに?」
少し間が空いてからセスくんが地下から顔を出した。
「レティが、レティが倒れてて…!」
「え―――」
するとセスくんは溶接したばかりの義手も、ピカピカだと喜んでいた新品の羊皮紙も、お得意様の特注の義眼も全部全部お構い無しに、蹴散らしながら走ってきた。
「………!!」
そして、レティを見たとたん、カタカタと震え始めた。
「せ、セスくん?」
「い…いや、いやだ、いやだいやだ…!レティ、死なないで、置いていかないで、レティ、レティ、レティ」
髪を掻きむしり、うわ言のように呟く。大きな右目がぐらぐらと揺らいだ。
「セスくん!!」
「…あ…」
「頼むから落ち着いて…!セスくんしか今頼れないんだ。レティを助けるにはどうしたらいい?」
セスくんが一瞬フリーズした様に固まった。そしてしゃがみ込んで、口を開いた。
「ぼくしかいない。うん、そうだ、ぼくしかいないんだ。…と、とりあえず中に入れて。応急処置するからアカリくんはユルリカ先生を呼んできて。こ、この時間なら『螺子』にいると思う」
「うん、分かった」
レティを工房に入ってすぐの床に寝かせ、ユルリカ先生を迎えに行こうとしたそのとき、閉じていくドアの向こうでなんの躊躇いもなくレティのシャツをはだけるセスくんが見えた。
俺は慌てて目を逸らしたけど、胸元が見えてしまった。
そこにあったのは、左胸から胸の中心にかけて走る十字の大きな傷と、埋め込まれた錆び付いた金属。
そして、視界が茶色で埋め尽くされた。古びた木製のドアが閉まった、それだけなのだけど。
それが一瞬認識できないくらいに俺は動揺していた。
なんだ?あれ。
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