第10話 平和で殺伐な昼下がり

 俺がここに来て早一週間。

 相変わらず帰り方はさっぱり分からない。けど、とりあえずわかったことは。


 ・言語は通じるけど文字は違う

 ・似た存在の国はあるけど確実に違う

 ・大まかな種類(フィッシュとかトマトとか)の名詞は共通なのに細かい所(カロラフィッシュ?とか)が違う

 ・飛行機の存在はあるけどジェットコースターとかは無い

 ・明らかに俺の世界ではまだできてない技術がある→義肢を簡単にもとの手足と同じように自由に動かせる

 ・産業革命や日本らしき国の鎖国がある


 …やっぱり、考えられるのはひとつしかなかった。馬鹿げてるけど。


『パラレルワールド』


 それも恐らく、産業革命が起きた1700年代から分岐した世界。

 馬鹿みたいな話だけど、どれだけ考えてもこれでしか説明がつかないんだ。

 けど、なんで俺が転移したのか?心当たりがさっぱりない。

 …いや待てよ、もしかしてあの日、俺は


 ガラガラ!バシャン!!


「ぅぁぁー…」


「…っビビった…!」

 頭上から降ってきた轟音と、遠くに聞こえるセスくんの悲鳴に、俺の思考は停止させられた。


 よくやらかす人だなあと思いながら梯子を上り、工房の床から顔を出すと目の前に眼球が落ちていた。生の。


「うおえっ」


 吐き気と驚きが同時に来た。

 よく分からない紐状の筋肉?細胞?がその後ろに伝っている。綺麗な青色の瞳がこちらをコロリと見ていて…。

 めっちゃ気持ち悪い。


「ご、ごめんね。うるさかった…?」


 申し訳なさそうに謝り、眼球をそっと拾うセスくんを見ると、左目の義眼が顕になっていた。

 レンズが多重になっていて、ほとんどを黒目が占めている。可愛らしい顔に不似合いな、ギョロリとした義眼だ。


「…セスくん、左目」

「え?…あっ!み、見ないで!!」


 慌てて左目を両手で覆うセスくん。おかげで再び落下した眼球を俺が受け止めることになった。あああぁあぶにょぶにょしてるううぅ



 セスくんは左目の義眼が「怖いから」と言ってあまり人に見せたがらない。いつも人前に出る時は大きめの片眼鏡モノクルを掛けて隠しているのだ。


 トポンと音を立てて、眼球はホルマリン入りの容器の中に再び帰った。


「ごめんね、拾ってもらっちゃって」

「…いいよ。全然じぇんぜん、大丈夫…」

 動揺を隠しきれなかった。


「んぶふっ」

「笑うなよ…」


 今日はレティは1人で仕事に行っている。

 セスくんが再び作業台に向かう。

 本物の眼球を見ながら義眼を作っていたらしく、沢山の部品が散乱していた。


「…仕事?」


 隣に座りながら聞いてみる。


「ううん。僕の義眼の調節の参考にしてたの」

「へえー…」

「…それに」


 ボソリとセスくんが呟いた。


「しばらく仕事どころじゃないからね」

「うん?」


 1週間経ってわかったが、セスくんは何かに集中していると他がかなり注意力が散漫しがちになるらしい。こんな風に、独り言と会話の区別もつかなくなるのだ。


「…え?ああ、な、なんでもないよ」


 カチャ、とネジ巻きの音がだけが響く。


「……」

「……」


 会話が無い。どうしようか…。

「…あ、あの、さ」

「ん?」

 セスくんから話しかけてくるのは珍しい。


「…レティ、どう?仕事中とか」


 手元から目を離さずにセスくんは言った。


「仕事中?別に…普通?かな」

 なんでそんな事を聞くのか。

「ううん、普通ならいいや」


 そう言ったきり、セスくんは話題を変えた。

「……そういえば、ハオさんに会ったんだってね」

「ん?ああ、会ったよ」

「ふふ。あの人、変な人でしょ」

「ふっ。ああ、そうかも」


 こんな風に取止めのない話をして、俺の休日は過ぎていった。


 *****


 レティ・スピシルトは溜息をついた。


「全く…。またガセネタ?もう飽きたよ」


 レティの周りには筋骨隆々、かつ全身の至る所に義肢を施した、厳つい男達が十余人立っていた。


「ああそうだよ。この方法…『永出血症ララ・エピデミスの治療薬』って言うと、引っかかるカモがごまんといるからな」

「じゃあ高い金持って遠路はるばる来たわたしは、あんた達にとっちゃカモがネギ背負って来たってとこかー」


 はっはっは、とレティは呑気な笑い声を上げる。

 すると、ここでレティの目が変わった。


「ふざけんなよ」


 ザワっと男達の全身の毛が逆立った。

 本能的に、恐怖を感じた。か弱い小型犬だと思ったものが一瞬で闘志剥き出しの三頭犬ケルベロスに化けてしまった。そんな恐怖だ。

 辛うじて男達をその場に留まらせたのは、こんなガキ、それも生身の女に圧倒されてたまるかというちゃちなプライドの力だった。


「わたしね…、最近ちょっとイライラしてんだよね。あんたらみたいに小銭稼ぎ感覚で嘘をつくやつらが蛆虫みたいに次から次へと湧いてくるから、さ?」


 ヒュッ。先頭の男は、いやその周りも全員。何が起きたか分からなかったが、先頭の男の右の義眼が一瞬で鉄クズの様に潰されてしまったことは分かった。


「あ゛あ゛あっ!!?!?!」


 ここでひとつ付け加えておこう。

 義眼でも、生身と等しく痛覚はあるのだ。

 もちろん、レティはその事を知っている。

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