第2章 俺と仕事のなんやかんや
第8話 はじめてのオツカイ
「…いらっしゃい。で、何をお求めですか?」
紫色の煙を吐きながら男は言った。
男の後ろには吊るされた草、棚には瓶詰めになった何かの目玉、手、臓物。右側の布が掛けられた箱からはギーギー、クチャクチャといった音が聞こえてくる。
あ…買い物代理なんスけど。
「っ無理!帰りてえ!!」
「あ゛?」
本音と建前が逆になった瞬間である。
*****
遡ること、約5時間前。
ガチャ、バン!
「おはよ!!」
「…………………はよっス」
「声が小さぁい!!」
「声が大きいぃ……」
朝の6時。いきなり俺の安らかな眠りは終わりを迎えた。その勢いで【
ちなみに、服はセスくんのを借りた。
「働かざる者食うべからず!さあさ今日から元気に働こう~!馬車馬の如く、ね」
寝ぼけまなこを擦りながら朝飯に手を出す俺の横でレティが元気に話す。耳が痛い。
「……うまいっ!」
ただのトーストとベーコンエッグがなんでこんなに美味しいんだろうな。
「そりゃよかった。昨夜はよく眠れたか?アカリ」
ラジの優しさが胸に染みる。
「昨夜は寝れたよ…。レティ、もっと優しく起こしてくれない?」
「健康優良児はあれくらいで十分でしょ」
あーん、と口を開けてジャムパンにかぶりつきながらレティは言った。
「…それ、何のジャム?」
「アルベラベリーだよ。食べてみる?」
返事は待たずに、スプーンで小皿からジャムをすくい、俺の口に突っ込んだ。
「っ!………甘い。けどっ…苦い!」
その真っ赤なジャムは、マーマレードと苺の合の子のような味がした。
「美味しいでしょ。わたしこれが一番好きなの」
頬に付いた、血のように赤いジャムを指で拭うレティを見て、なんか顔色悪いな、と思った。赤との対比のせいだろうか。
「よく言うぜ、俺が健康にいいからって無理やり食べさせるまで金輪際食べようとしなかった癖によ」
「うるさいなあラジ。昔のことは忘れたよー」
「へー…健康にいいんだ?」
「ああ、売り子が血液がサラサラになる!とか言ってたからな」
サプリメントかよ。
「はいじゃあアカリくんの記念すべき初仕事はー」
レティが勿体つけた口調で話す。
「でれれれれ…でん!」
ごく、と唾を飲む。なんたって初仕事だからな。
「おつかいでーす」
「…?」
おつかい?…はじめての?
「なに、不満?」
「いや、不満っていうか拍子抜けっていうか…」
「わたしの仕事の中でも、基本中の基本の仕事だよ。今回は下町のサカリナおばーさんの買い物代理。大丈夫、飛行機は出すからさ!」
レティがパラパラとメモ帳を見ながら言う。
「ま、気楽にやってこいよ」
そう言うラジに見送られ、俺たちは店を出たのだった。
*****
「ひゅまんほお、ひゃいきんあひがよわふなっへなあ」
「おばーちゃん、入れ歯、入れ歯!」
サカリナばーさんは御歳96歳。下町で小さな薬屋を営む、親しみやすい雰囲気のおばあさんだ。
カポ、と入れ歯を無事見つけ、サカリナばーさんは再び話し始めた。
「すまんの、最近どうも足腰が弱くなってなあ…。レティちゃんにいつもいつも頼んで申し訳ないと思ってたんだけど、こんな若いお兄ちゃんなら安心して任せられるねえ」
「あ、こちらこそ、俺の初仕事なんかに付き合って頂いて、ほんとに感謝してます。…精一杯、頑張ります」
そこでサカリナばーさんはゆっくりとした動作でポケットからメモを1枚取り出し、俺に差し出した。
「それじゃ、お願いしますねぇ。いつも通り、後払いでいいかしら」
わからん。ちら、とレティの方を見ると大きく頷いていた。
「あ、それでいいっス」
「はい、じゃあよろしくねぇ」
「よし、じゃあアカリ、これが地図ね」
家を出たところでレティはピラ、と人差し指と中指で紙を掲げながら俺に渡した。
「ん?レティは来てくれないのか?」
「ああ、ちょっと、ね。大丈夫!地図とメモ通りに行けばすぐ着くよ」
そう言ってレティはくるりと踵を返し、来た道を戻って行った。
*****
レティのやつ、なにがすぐだ!
問題の薬屋は23番目の十字路を左に曲がり、さらにその先の11番目の十字路を右へ、そして3軒目の建物の地下1階にあった。
扉の前に立つと、怪しげな香の匂いが漂ってくる。そのまま扉を薄く開ける。
中には店主らしき男の後ろ姿が見えた。
「お、お邪魔しまーす…」
ここでやっと冒頭に戻るわけです。
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