第7話 永遠に流れるモノ

「えー、『永出血症ララ・エピデミスとは』…?」


 ここはセスくんの自室。レティが医学本を音読している。せっかくだから、しっかりした知識を入れようと言ってくれた。


「『古アリメロカ語で【永遠に流れる物】を意味する。発症する時期、程度には個人差があり、感染性ではなく遺伝性と考えられている。血液中に生息し、血を凝固させるはたらきを持つをごく小さな永出血症ララ・エピデミスの菌が捕食することにより、発症する。』」


 レティは意外にも本を読み慣れた様子でパラパラとめくり、要約して読んでいる。


「『タサマの減少または根絶により、出血が止まるのに極端に時間がかかり、完全に止まることはほぼ無いとされる。』」


 俺は何となく、むかし生物の先生が言っていた血友病のことを思い出していた。


「『なお、治療法は発見されていない。』」


「え…!?」


 驚いてセスくんの顔を見ると、セスくんは首筋を抑えて視線を落とした。

 首元の、包帯。まだ比較的新しいその包帯には、わずかに緋色が滲み始めていた。


「……ここだけじゃないんだ。指先も。あと、右の肺はもうダメになったから、人工の肺を入れてる」


 セスくんは淡々と話した。もう諦めてでもいるかのように。


「あ…だから、レティはあんなに心配してたんだ?」

「そう。むかし、セスがわたしの目の前で転んで指から血が止まらなくなったんだ。もートラウマだよー」


 軽い調子で言うけど、レティの目は笑ってはいなかった。


 この人たちに嫌な思いをさせてしまった。そう思うと、ひどく申し訳なくなってきた。


「…ごめん、けど、話してくれてありがとう」


 頭を下げて言うと、むに、と頬を挟まれ、そのまま顔を上に向かされた。

 ぐきっ。首の骨が嫌な音を立てる。


「あ゛っ」

「あ、ごめん」


 目の前にレティの顔があった。


「な、なんだよ!?」

 鳶色の大きな瞳に俺が映り込む。


「ときにアカリくん」


 レティの目に映る俺はひどくまぬけな顔をして、慌てている。しょうがないだろ。普段女子とこんな距離で話すことなんて無いんだから。


「君の真っ直ぐさと優しさは貴重だねえ」

「はい?」

「そこで、だ」


「わたしの相棒バディになってくれない?」


 なにがどうしてそうなった。


「えっ…?ば、バディって、何するんだ!?」

「配達の仕事も1人でやるのには限界があるんたよね。それに、わたしの仕事は配達だけじゃないんだー」


 ここでレティは俺の頬から手を離し、感情が読み取れない、静かな顔で俺を見つめた。


「…1年間だけでいいからさ。やってくれない?」

「1年間?」


 なんで1年だけなんだ?


「こういうのってなんか永久雇用みたいな…」

「ああ、気にしないで。1年だけでいいの。その間に、帰る方法を探せばいいよ」


 お試し期間、という事か?確かに、帰る方法が見つかるまでニート状態っていう訳にもいかないよな。


「…………ちなみに、給料の方は…?」

「働いた分を山分けと、ラジの3食保証付き」

「よろしくお願いします」

 これは即決だろ。


 そんなわけで、俺はレティの元で働かせてもらう事になった。

 俺たちがこの話をしている間にセスくんは俺が借りる部屋を整理してくれていた。


「な、ならアカリくん、その…よかったらでいいんだけどね、あの… 」

「…あの?」


 セスくんが指を絡ませながら小さな声で言った。


「ぼ、ぼく達といっしょに、暮らさない?」

「え…」

「い、嫌なら全然いいから!けど…ぼくも、何かアカリくんの力になりたいなぁ…って」


 そこまで甘えていいものか、と返事に迷ってレティを見ると、レティは口元を抑え、「もうやだこの子尊い……」みたいな顔をしていた。俺の友だちにオタクが居たからすぐ分かるんだよ、そういうの。


「まあいいじゃん、アカリくん。ここは素直に甘えておきなよ~」


 …レティは何かをリセットしたように元の調子で言った。


「…本当に、いいのか?」


 俺がきくと、セスくんはまた、パッと花のように笑った。


「いいよ!ふふ、嬉しいなぁ」

「うん。…お世話に、なります」


 こうして、異世界での俺の生活が始まった。まさかあの言葉にそんな意味があったなんて、この時には思いもしなかっんだ。


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