第6話 ララ・エピデミス

 そのころ。

 ラル・カッタから遥か彼方。王国の西端。

 冷たい鋼の部屋の中、1人の青年が、台に縛り付けられた男を見下ろして佇んでいた。


 青年は鼻歌を歌いながら、メスを持った。

 男の喚き声は耳に届かない。


「ふ、ふん、ふんふふーん」


「ん゛ー!!、んぐ、っ…ん゛ん゛!!!!」


 ――ブシュッ。

 男の首にメスが突き刺さり、頸動脈から血が吹き出た。


「ふふん、ふーんふーん」


 カチャ。

 少しして、真紅に染まったメスを持ち直し、青年は男の胸を切り開いた。

 バキン、と音を立てて肋骨を折り、まだ熱い、今にも脈打ちそうな赤々とした心臓を取り出した。


「ふっふんふーん…くく、ふっ」


 どぷん。

 一瞬だけ恍惚の表情を浮かべ、それを液体の入った瓶に入れた。

 不自然なほど美しい顔に飛んだ血を舐め、青年は微笑む。


「…ああ、やっぱり」



「生身のヒトは最高だ…っ」


 *****


 結局、セスくんは俺の身体を隅から隅まで眺め回して(俺はパンツだけは離さなかった)スケッチブックに写した。

 俺が羞恥とやりきれない思いでぐったりしていると、レティがセスくんのスケッチブックを眺め始めた。


「本物みたいだね、ホラ!見てみなよ」

「うん…?」


 レティに言われて目をやると、確かにそれは俺の腕だった。まるで写真のようだ。


「おお…、すげー!」


 するとレティが俺の脚の付け根あたり、要は股のあたりのスケッチをしげしげと見だした。


「やめろやめろ見んな見んな」

「いいじゃんはいてるし」

「よくねえよ!」


 友だちにはダサいって言われてたけど、トランクス派でよかったなあと心から思った。


「も、もう遅いし、お礼に部屋貸すよ…アカリくん」


 どもってしまうのは癖のようだ。セスくんはおずおずとしながらも、さっきよりは打ち解けた様子で申し出てくれた。


「ん、ありがとう」


 するとセスくんは奥の扉の前に向かった。その扉の中の部屋を貸してくれるのかな、とか思った瞬間、セスくんがしゃがみこんで、床の扉を開けた。

「そっち!?」

 人ひとり通れるくらいのスペースに梯子があり、そこから地下に降りれるようだ。


「お、おじゃましまーす」


 よくよく考えればこの街に「地」下は存在できない気がしたけど、どうやら普通の床のさらに下にまた別の杭を打って作ったらしい。


 梯子はサビ臭く、折れそうで怖かった。

 地下一階はセスくんの自室らしく、その横の空き部屋を貸してくれた。


「ちょうど先週掃除したんだ…お客さん用に」


 確かに使われてない割には小綺麗な部屋だ。6畳ないくらいの広さで簡易ベッドがあって、俺が借りるには十分だ。


「さっきの1階の扉は何なんだ?」

「ん、ああ、あれはね…」


 そのとき、振り返ったセスくんの足元に、さっきセスくんが持って来た箱から伸びた、簡易ベッドのシーツがあった。


 痩せた左足がシーツの上を滑った。


「「あっ」」


 セスくんの身体が後ろに倒れ、反射的に俺は手を掴んだ。けど、セスくんの身体は想定外に重かった。


「うわ!?」


 ドタン!!

 2人して派手な音を立てて倒れた。けど運のいいことに、セスくんの左足を滑らせたシーツが、今度は衝撃を和らげてくれた。


「だ、大丈夫か?」

「うん…えへ、ありがとう」


 セスくんはふわふわとした顔で笑った。


 そのとき、ガン!と靴音を立ててレティが1階から飛び降りた。その距離、約3m。


「うわ!?」

「ひゃ!!」


 レティは真っ青な顔になって慌てて駆け寄った。


「せ、セス、セス!?大丈夫!?」

「あ、レティ。大丈夫だよ。アカリくんが助けてくれたから」


 しかしレティはセスくんの説明を聞くことも無く、セスくんの身体を調べ始めた。


「ほんと?ほんとに平気?」


 レティの顔は血の気が引いて、瞳孔が開いている。

 いくらなんでも、大袈裟すぎると思う。


「…もしかして」

「うん?」

「ここの床、抜けたりするのか?」


 ………。

 一瞬静かになったあと、レティの顔がにやーっと歪んだ。


「ぶふっ!」


 腹立つな、この人。


「あははは!そんな脆くないよ!」

 セスくんはちょっと複雑そうな顔で笑った。

「あ、そうなんだ、実は。ふふ、ぼく結構重たいから、床抜けちゃう」

 誤魔化されてる、そんな気がした。



「…やめろよ、そういうの」



 空気が悪くなるのがわかる。ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど。


「…そういうのって?」

「うん…。確かに俺たち初めて今日会ったし、信用も何も無いと思うけどさ。けど、俺は2人と仲良くなりたいと思ってるし、セスくんに何かあるならすげえ心配だよ」


 チラ、と顔を上げて2人の顔を見ると、2人は黙って真剣に俺の話を聞いてくれていた。


「だから、だからさ。隠し事とかはやめて欲しいって言うか、俺に出来ることがあるならなんでもするから、話して欲しい…な…って」


 なんか恥ずかしくなってきた。

 耳が赤くなってきてるのがわかる。


「ふふ」


 笑われた。恥ずかしいなあ。


「アカリくんは優しいね」

「…そうだね、アカリの言うことも最もだ」


 レティがセスくんの手を引いて俺に歩み寄る。


「あのね、セスは、病気なの。それも、超特殊なね」

「…どんな?」


 暫く口を噤んでいたセスくんが口を開いた。


「…永出血症ララ・エピデミス。これが、ぼくの中に住み着いた、病気の名前」


「ララ・エピデミス?」

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