第4話 腹減った

 湯気の立つ皿。

 フワリと鼻腔をくすぐる匂い。この世界に来て初めていい匂いだと思った。


「うお……っ!美味そう…!」

「おー。たんと食え」


 ラジの料理の腕は完璧だった。


「えーと、アリゴ牛のビフテキ、チタ豚の生姜焼き、カロラフィッシュのムニエルに、トト芋のポタージュスープ。あと、テンハナトマトとナコヨ草のサラダだ」

「いただきます!!」


 俺とレティはすぐさまラジの料理にがっついた。


 は?うま!!!!

 なんだこれ、日本のその辺のレストランなんか目じゃないぞ。

 ビフテキは肉汁がすごいし焼き加減も絶妙。ソースもめちゃくちゃうまい。生姜焼きはとにかく米が進む進む。米があってよかった!ムニエルも言わずもがな。カロラフィッシュ?って言ってたけど鮭みたいな味だ。もーとにかく全部美味い。以下略!


「ん、んっ…ぷはぁ!ごっそうさんでした!!うまかった!」


 最後に冷たい水を一気飲みして、俺は手を合わせた。レティはとっくに食べ終わっていて、ビールを飲みながら豆をつまんでいた。


「はは、そりゃけっこう。けどお前、なんて言った?イタダキマス?ゴッソーサン?」

「…え?言わないスか?」


 そう言えば、なんでレティがジェットコースターは知らないのにここで「牛」とか「生姜焼き」とか俺の知ってる単語が出てくるんだ?

 なんで言葉が通じるのに、俺は文字は読めないんだ?


「……」

「?おーい?どしたー」

 レティに目の前で手を振られて我に返った。


「え!?あ、ごめん」

 ラジが困ったように笑う。


「すまん、お前の故郷の習慣か?禁句タブーなんだったら悪かったな」

「あ、いや…俺の方こそ、すいません。てか、そんなタブーなんかじゃないっス」

「じゃ、教えてくれよ」

 ラジはレティに新しいジョッキを渡しながら言った。

「別に大したやつじゃないっスけど…。ただ、食事に感謝しろー、みたいな」

「へー…。いい習慣だな」


「イタダキマース」


 そう言ってレティはジョッキを傾け、凄い勢いで飲み干した。

「ぷはーー!美味し!」

 レティの左側のカウンターには、空のジョッキが積まれていた。


「………呑みすぎじゃないスか」

「こいつはいつもこうだ。配達員割引が使えるからって」


 社員割引のようなものらしいが、それにしても呑みすぎだ。怖い。


「そろそろ9時だぞ、ちょっとセスのとこ顔出してけよ。あいつ、今日帰ってくるって聞いて、楽しみにしてたんだからな」

「ういうーい。愛しのセスのためなら、どこでも行きますよ」


 …愛しの?なんだそれ、恋人か?


「じゃあアカリ、行こうか」

「あ…、ラジさん、ごちそうさまでした。マジで美味しかったっス」


 ラジが伝票を書きながら顔を上げる。


「そりゃよかった。あと、ラジでいいぞ。敬語もいらねえ」

 にひ、と笑ってラジは付け加えた。

「…わかった。ラジ、ごちそうさま」

「おうよ」


 レティはこれっぽっちも酔っておらず、会計を済ませるとしっかりした足取りで歩きだした。


 時間の単位は12進数なのか。ますますわかんねえな、この世界。


「セス、って誰だ?」

「そうだねー。かわいいかわいい妹分って感じかな」

「…なんだ、女の子か」


 呟いた声はレティには届かなかったらしい。


「ん?なんか言った?」

「いや別に…」


 レティが足を止めたのは機械整備の工房の前だった。


「セース!ただいまーー」


 レティが扉を開け、中に飛び込んだ。

 中は薄暗く、奥の人がいるところだけランタンの明かりが付いていた。

 入り口から入ってすぐの所は接客スペースのようで、その右側、建物の中の4分の3くらいが作業スペースになっているようだ。

 作業スペースに進もうとすると、何かが足に当たる。


 ……義手だ。ビビった。


 この世界に来てから見た中で1番リアルだ。ガチで手に見えた。


 それ以外にも様々なものが散乱していた。

 義足、義眼、ゴーグル、銃、オルゴール、よくわからんもの、歯車、歯車、設計図に設計図にくしゃくしゃに丸められた設計図…。

 かなり汚い。


「…あ。あ!レティ!おかえ」

 ガシャガシャ!ベチ!!

 痛そうな音が店内に響く。


「痛たた…」


「大丈夫?セス」

「うん…」


 セスと呼ばれた子はレティの手を借りて立ち上がった。


「おかえりなさい!レティ。…そっちの人は?」


 確かにかわいい。大きな瞳に長い睫毛が目立つ、整った顔。花が咲いたような笑顔。見知らぬ人(俺)を警戒する困り顔も愛らしい。義肢が多めではあるが、華奢な手足。柔らかそうな短い黒髪。優しげな声。


 けど。けどこの子。


「…おい、レティ」

「んー?どうかした?」


 ニヤニヤしながらレティが振り返る。


「いや、男だろ」


 ………。

「あれ?言ってなかった?」

「お前絶対分かってて言わなかっただろ!」


 なんかデジャビュなんだけど。


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