第3話 ラル・カッタ(=鳥の巣)

『ラル・カッタ(=鳥の巣)』なんて言うから、藁だらけの汚ったない場所を想像してたんだけどな。

 街は木と軽そうな金属で出来ていて、地面(床?)は木目が見えて逆にちょっと洒落た感じがする。建物は家、アパート、酒場らしきものがたくさんあって、外見は小綺麗なものが多い。


 たまに足元からミシッと聞こえるのは気のせいだろう。うん。


「で、どこに向かってるんだ?今」

「すぐだよ。行きつけの酒場~」


 こんな少女(18歳だけど)から『行きつけの酒場』なんてワードが出てくると違和感しかない。


「…呑むんだ」

「呑む呑む!つまみも美味しいしもう最高!」

 おっさんか。


 するとすぐに、レティは足を止めた。


「ああ、ここだよ」


 看板には、見たことのない文字。というか記号の羅列が書かれていた。


「読める?」

「さっぱりだ…」

「あは、そっか。ここは『酒場・螺子ネジ』」


 そう言ってレティは入り口のドアに手をかけた。


 ドアが開かれると、何かが飛んできた。

 俺がそれを認識するより早く、レティがそれを足で粉砕してしまった。


 ドガン!ビシャッ!

 木屑と酒が飛び散り、ポカンと開けられていた俺の口に飛んだ。

 木のジョッキに入ったビールらしきものだったようだ。


「っ!ぶっ!!」

 慌てて吐き出し、口を拭った。

「あ、ごめん!アカリ」

「いや、いいよ…」


 何だったんだ、と店の中を覗くと、2人の男が胸ぐらを掴み合い、物を投げ合い、殴り合いの喧嘩をしていた。


「ほんっとわからず屋だなテメェ!!」

「それはこっちのセリフだっつーの、クソジジイ!!!」


 俺はそっとドアから離れた。


「なにあれ…」

「ああ…あれはロレンツォ親子。いつもは普通なんだけど、酒が入ると3回に1回くらいヤバい喧嘩になるの」

「結構な確率じゃねえか…」


「酒のつまみは乾物だろ!スルメ!!」

「いーや!断固チーズだね!!」

 クソくだらねえな、おい。



 ガギャン!!ドゴッ!ガチャガチャッ!メキッ!!ガガアン!!!


「なんかすごい音するんだけど…」

「ロレンツォ親子くらいなら暴れても安心なのよー。アイツがいるからね」

「アイツ?」


 ドサッ、ドサッ!と音を立てて、目も当てられないくらいボロボロになった例の親子がドアから投げ捨てられた。


「いーー加減にしろよ、バカ親子」


 そこにはいかつい青年が立っていた。


「悪かったよお…だからもう一杯だけ」

「ダメだダメだ。また、今度、な?」


 そう言いながら青年は左の義手で右の手をバキバキと鳴らして凄んだ。

「ひっ」

 小さく悲鳴を上げて、親子は互いに支え合いながら走り去った。


「ね、強いでしょ」

「ほんとだ…」

「ん?」


 俺たちの声に気づいた青年は振り向いた。


「お、レティ。おかえり。誰だ?そのもやし」

「もっ…」


 そりゃあんたみたいな人と比べたら大体の人はもやしだよ。

 青年は身長180cmくらい。ボディビルダー並とまでは言わないけど、鍛えてるのがよくわかる体つきだ。細マッチョ以上、マッチョ未満って感じかな。


「もやしじゃなくて、山下燈クンだよ。ちょっとワケありで、しばらくあそこに泊まってもらおうと思って。ホラ、トムカが使ってた部屋、あるでしょ」

「あー、あれか」


 すると青年は俺の方に近づいてきた。

「もやしって言って悪かったな、アカリ。ワケありでもなんでも、来たからには歓迎するぜ?俺はラジ・エストラ。よろしくな」


 そう言ってラジは握手を求めてきた。

「…よろしくっス」

 でかくて、硬いタコがたくさんある、強そうな手だった。


 店の中に入り直すと、慣れた様子で店員が喧嘩の片付けをしていた。


「まーここじゃよくあることだからよ。気にしないでくれや」

 ラジはカウンターに入り、グラスに水を入れて俺たちの前に置いた。

 繊細に幾何学模様が彫刻された綺麗なグラスだった。


「何か食うか?」

「え、料理するんスか!?」


 あんまりにも意外だったからうっかり口に出てしまった。やべ。


「…作ったら悪いのか?心配しなくても、不味いもんは食わせねえぞ」

「あ、いやそういうわけじゃあ…」


 グラスの水をゆらゆらさせながらレティが言った。

「くふ、大丈夫だよ。ラジは冬季限定の配達員でその為に鍛えてるだけで、普段はここの調理担当コックだから!美味しいよ~」


 人は見かけによらないんだなあ、とか失礼なことを俺は思った。


 この世界に来てから半日。ようやく心を落ち着けて話すことができそうだ。



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