第九章 意外な結末、そして
第40話 敗北
判決は、大石の全くの想定外だった。いや、大石だけではない、櫛山を除く関係者全員の想定外だった。
小池の、まさかの敗訴……。
都選管の主張は、すべてバッサリと切られることになった。
まず、光熱水費については、主張した『生活感』など、都選管の単にそうあってほしいという一方的な願望に過ぎないとされた。
次に、市民課の実態調査関係については、自治会長が二十四時間監視していたわけでもなく、調査表もたまたま何かに紛れた等で気付かなかったために、返送が遅れた可能性も否定できないため、無理があるとされた。
最後に、初穂市役所への開示請求関係については、毎度フェリーなどを使って古島から通っていた可能性は、完全には否定しきれないとされた。
都選管の『違いない』と積み上げた状況証拠は、すべて確証もない都選管の願望とし、認められなかった。このため、櫛山の被選挙権は否定されず、都選管が当初に下した疑問票関係の有効無効の審査の採決どおり、櫛山当選、小池落選の結果となった。
事務局内は、まさにお通夜状態だった。誰も、何も語ろうとしない。痛い沈黙。
沈黙に耐えかねたのか、小笠原がボソッと呟いた。
「小池さん、上告しますかね」
破られた静寂に、全員が堰を切ったように話し始めた。
「あぁ、当然、するだろうね。最高裁の判断に懸けるはずだ。裁判を引っ張って、櫛山の議員就任を少しでも遅らせたい気持ちもあるだろうし」
小笠原の言葉を受けて、児玉は自身の予想を披露した。
――係長の言うとおり、普通は上告するよね。
大石も、児玉の考えに首肯した。
「上告となれば、さらに四~五ヶ月くらいは掛かりますかね」
大石は、破られた沈黙にほっと安堵すると、湧き上がった疑問を口にした。
「そうだろうな。でも、どうせ、もう、オレたちがどうこうできる次元の話じゃない。気にする必要はないさ。頭を切り替えて、市長選に集中しようぜ」
――そうだよな、ボクたちがいくら足掻いてもどうしようもない訴訟の行方よりも、目前に迫った市長選だ。
小笠原の言うとおりだった。いつまでも裁判に気を取られていては、肝心の市長選の事務が進まない。大石は頭を振り、思考の切り替えを図った。裁判は、もう記憶の隅に追いやるのだ、と。
市長選は、現在のところ、現職のみが立候補を表明していた。一部革新系以外の大半の会派から支援を受け、磐石な支持基盤を持つ現職市長が、おそらく有利に選挙戦を進めるだろう。
古島の伝統で、市長選については、たとえ勝ち目が薄かろうと、野党側も誰かしら候補を立ててくるため、無投票には九分九厘ならない。
結果が半ば見えている選挙であり、開票にプレッシャーが懸からないのは助かる面ではあった。逆に、争点がなさ過ぎるため、いかに有権者の意識の喚起を行い、投票率の向上を図るのか、この点が選管としての、重点課題であった。
人口の少ない田舎であるため、都市部に比べれば元々投票率自体はいいが、それでも、たとえ一%でも投票率は上げたい。知恵を絞るところだった。
――市議選では、櫛山のポスター掲示場悪戯の件で流れたけれど、市長選では、おそらくボクが『めいすいくん』の着ぐるみに入る役目になるだろう。今から何か、面白いパフォーマンスでも考えておくかな。
大石はあれこれと、頭の中で着ぐるみに入ったイメージをしつつ、窓際に立って外を眺めた。季節はすでに秋、クリスマス執行の市長選は間近だ。
夏に一旦は分庁舎に戻った選管事務局も、昨日から再び、本庁舎会議室へと移転してきた。引っ越したばかりで殺風景な事務局の中とは対照的に、目に飛び込んでくる木々の紅葉は眩しかった。赤や黄に映える様を、大石はぼんやりと見つめた。
――市議選から半年、いまだに終わらない裁判、か。
選挙が終わったのが四月下旬、今は、もう十月も半ばに差し掛かっていた。忘れようとした裁判が再び脳裏に浮かび、大石は慌てて頬を叩いて消し去ると、来月に迫った市長選挙の立候補予定者説明会用資料の作成に掛かった。遺漏のないように、万全の準備をしなければいけない、と。
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