第24話 投票速報~午後三時~
午後三時。第三回の投票速報の時間になり、大石は準備に入った。電話が鳴り響き、投票所から次々と速報が届けられた。
午前九時の第一回、正午の第二回と、傾向は変わらなかった。北地区のみが低く、他地域は高い。この様子だと、最終結果も準じた形に落ち着きそうな予感がした。
大石は、集まった速報情報を速報集計表に纏めると、やはり、第三回も傾向は変わらなかった。
「傾向は変わっていないですね。全体としては好調ですが、やはり、北地区だけガクンと落ちています」
自席に腰を下ろし開票の最終確認をしている天野に、大石はプリントアウトした速報集計表を渡した。天野はざっと渡された表を確認すると、首肯した。
「大石さん、北地区は小池議長の地盤でもあるの。私が何を言いたいか、わかる?」
天野は唐突に大石に質問を浴びせてきた。
――局長は、何を言っているんだ?
質問の意図がよくわからず、大石は首を傾げた。
天野は、「まだ、大石さんには早かったかな」と、にっこり笑った。
「開票に関わる話なの。現状、小池議長と櫛山さんが競り合ってはいるけれど、小池議長が一歩リードをしている。ここまでは、理解しているわよね」
大石は頷いた。市議選の最注目事項だ、もちろん承知している。
「私たちの作成した開票の流れは、各候補の予想獲得票数を大まかに把握し、多数の票を獲得すると思われる候補者の点検係に、人を重点配置しているのよ」
大石は、なんとなく天野の言いたい話がわかってきた。小池の主要支持地盤たる北地区の投票率が低い状況は、小池の得票数が大石たちの想定に満たなくなる可能性を眼前に突きつけてくる。
つまり、開票作業時に、小池にやや多めに配置している人員を、櫛山にも割り振ったほうがよいと言いたいに違いない。また、小池の票が伸び悩むような事態になれば、最悪、櫛山と数票単位での激戦になる可能性も考慮に入れざるを得ない、と。
「北地区の投票率の伸び悩みで、おそらく、小池議長の票は櫛山さんと競る可能性があるわ。臨機応変に人員配置の見直しをし、効率よく、人が遊ばないように常に考えなさい。また、小池議長と櫛山さんについては、一票、二票で当落が決する事態も考えられるの。二人については、特に注意を払い、決して混入票などが起こらないよう、注意をして」
ほぼ当たっていた。なるほど、開票を手早く効率よく終わらせるためには、当日の投票率の動向まで捉えておかなければならないのか。開票作業も、思っていた以上に奥が深そうだった。
――まだまだ、勉強不足だな。
実戦を一度でも経験しないと、なかなか見えてこない部分もあるとわかり、大石は、今なお表面的な部分しか理解していなかったと、自らの知識不足を痛感した。一人前への道程は、今だ険しいと言わざるを得なかった。
第三回の投票速報数を確認し、森田は首を横に振った。
「やはり、駄目ね。投票率の巻き返しは厳しい情勢かしら」
メモに目を落とし、頭の中で大まかな票読みをしていると、地から湧いたように腹に響くような低音が耳に飛び込んできた。
窓の外に視線を送ると、つい三十分前までは晴れわたっていた空に、どす黒い雲が掛かってきている様子が見て取れた。
――ちょっと、今日は一日ずっと晴れじゃなかったの?
雷鳴が次第に大きくなり、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様になっていた。
「天気予報を再確認したんですが、ところにより雷雨に変わっています」
「なんてこと……」
森田は頭を抱えた。ただでさえ、北地区の投票率が低いところに、雷雨となっては、ますます投票率は落ちる。一度は開き直った森田だったが、こうもケチがつくと、不安になるなと注文するほうが無理があった。
――お願い、最後まで天気が持ってくれますように。
もはや、神頼みをしたくなる心境であった。
「あっ」という若林の声に、森田は床に落としていた視線を上げた。
最悪だった。ついに雨が降り出し、勢いはどんどんと増していっている。稲光も頻繁に見え、一拍置き、大きく鳴り轟いた。
夕方、時間帯がまた最悪だった。北地区には大きなスーパーがあった。夕食を買出しに来た帰りに投票所に寄ってもらえれば、巻き返しもできるに違いないと考えていた森田の思惑が、この荒天では完全に外れる。
「ついに、天も見放したの……」
弱音をこぼした。
「あまり、悪い方向には考えないようにしましょうよ」
森田の顔を覗き込み、若林は顔を曇らせた。
――いけない。私が落ち込んでいたら、周囲を余計に不安にさせるわ。
森田は頬を叩き、覗き込んできた若林に向かって笑みを浮かべた。
「今のは聞かなかったことにして。大丈夫、正義は私たちにあるのよ。負けるはずがないじゃない」
聡い若林だ、無理な作り笑いだと悟られているだろう。だが、小池選挙事務所の責任者たる森田が、弱気な姿を見せてはいけない。前に立ち、引っ張るべき人間が、後ろ向きな姿を見せてしまえば、すべてお仕舞いだ。しっかりしないと。
窓に当たる雨粒を見つめ、しかし、弱気だけはいけないと自らに言い聞かせるように、窓に映る森田自身の姿へと呟いた。
「絶対に、勝つのは、私たちよ」
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