第20話 選挙対策本部

 小池陣営からのポスター掲示場巡回強化の要請を受けた大石は、天野に報告をすると、天野は警察に応援を要請するよう児玉に指示を出した。

 児玉はすぐさま選対本部へ連絡を取り、ポスター掲示場に貼られたポスターが連日に亘って悪戯されているので、張り込みをお願いしたいと要請を行った。

 櫛山のポスターのみが狙われているらしいが、どうにも裏がありそうで、大石は落ち着かなかった。櫛山が関わるだけで、もう何もかも疑心暗鬼に駆られてしまう。考えすぎ、気にしすぎだと大石自身も思うが、性格はなかなか変えられるものではなかった。


「私たちも巡回を強化するわ。大石さん、小笠原さん、猫の手も借りたいほどの忙しいさなかだけど、手間を掛けさせちゃうわね。でも、ポスター掲示場の管理も私たちの大事な責務、お願いするわ」


 選挙の直前の木曜日は、街頭キャンペーンとして啓発物資を街頭で配り、投票意識の高揚を図る手筈になっていたが、通報が来た以上は、ポスター掲示場の巡回を最優先せざるを得ない。

 啓発キャンペーンは児玉に任せ、大石と小笠原は、さっそくポスター掲示場の巡回に出た。何かあったら警察からも選管へ一報をもらえるらしい。


「櫛山さんのポスターのみが狙われているんですよね。意図的な悪戯でしょうか」


「さあな。選挙カーがうるさい、街頭演説がうるさい、といった理由で、腹立ち紛れにポスターに悪戯っていうのは、わりとよく聞く話だ。大方、そんなところなんじゃないのか?」


「選挙の自由妨害罪やらで罪に問われる危険性があるなんて、知らないでしょうしねぇ、一般の人は。懲役の可能性もある、結構、重い罪なんですよね?」


「『四年以下の懲役若しくは禁固又は百万円以下の罰金』、だったかな。ま、軽い気持ちで行った行為の代償としては、割に合わない重さだろうな」


 大石らは市内のポスター掲示場を順に点検していった。警察との話し合いで、選管は市内一円のポスター掲示場を満遍なく廻り、警察は、悪戯のあった掲示場を中心に付近の張り込みを行う手筈であった。

 四分の三の掲示場を確認し終えた時、小笠原の携帯電話が鳴った。


「え? 犯人が捕まった? わかりました、すぐ戻ります」


 ――もう犯人が捕まったのか? 早いな。


「事務局に戻るぞ。悪戯の犯人が捕まったとの連絡が、警察から入ったらしい」


「了解です!」


 大石は、車の行き先を市役所へ変え、急いだ。



 事務局へ戻った大石たちは、応接席に見慣れぬ男性が二人、座っているのが目に入った。


「戻りました。あの、そちらの方々は?」


「ご苦労様、大石さん、小笠原さん。こちら、選対本部の刑事さんよ」


 天野が大石たちを労うと、二人の刑事は立ち上がり、会釈をしてきた。名刺交換をし、少し会話をすると、どうやら、かなり気さくな人であった。

 それにしても、私服であったので、よもや警察官だとは思わず、大石は驚いた。警察の人、しかも刑事と直に話すのは初めてであった大石は、思わず手のひらに汗が浮き出てくる。別に、大石が何か悪さをしたわけではないのに、おかしな話だった。

 大石たちも、手近のパイプ椅子を持ってくると、応接席のそばへ腰を下ろした。頃合を見図り、刑事の一人が、事の顛末を話し始めた。


「件の掲示場を張り込んでいたところ、ランドセルを背負った、小学校低学年と思われる少年三人が、ペンで櫛山さんのポスターに悪戯書きをしているのを確認しました。悪戯の内容が、先日までのものと一致したため、子供たちが犯人だと確信し、補導をしました。今、警察署で詳しい話を聞いているところです。ま、事件性はない感じですね。子供の、まさしく文字通りの悪戯ですよ」


 刑事はケラケラと笑い飛ばした。

 すると、もう一人の刑事の携帯電話が突如、鳴り響いた。「ちょっと失礼」と断り、刑事は携帯電話を手に取ると、廊下へと出て行った。


「そうか、わかった、ご苦労さん」


 廊下から、刑事の声が漏れ聞こえてきた。取調べの結果の報告だろうか。

 携帯電話を切った刑事が、戻ってきた。腰を下ろすと、全員を一瞥し、口を開いた。


「取調べが終わったようです。子供たちが言うには、知らない男にポスターに悪戯をしてほしいと頼まれてやった、という話でした。各候補者ならびに関係者の写真を見せて詳しく聞いてみたのですが、依頼者は残念ながら特定できなかったみたいです。子供たちには、もうやらないようにと諭して家へ帰し、また、念のため、学校へも一報を入れて、子供たちに注意を促すよう依頼もした、との報告です」


 ――純粋な子供の悪戯、というわけではなかったのか。


 見知らぬ男に頼まれて悪戯をしたと主張する子供たち。裏で、何があったのだろうか。大石にはまるで想像がつかなかった。

 刑事たちが帰ると、児玉はさっそく小池の選挙事務所へ連絡を入れた。犯人は子供であった、と。ただ、見知らぬ男に頼まれて、という部分は、わざわざ言う必要もないだろうと、伝えなかった。


「これで、ポスター悪戯事件は解決ですかね」


 受話器を置いた児玉に、大石は声を掛けた。何だか、釈然としないものを感じる。


「あぁ、もう、大丈夫だろう」


 児玉は立ち上がると、小笠原にも目配せをした。


「今回のポスターの件で、準備も遅れ気味だ。今から気合を入れて、遅れを取り戻そう」


 大石も、小笠原も、強く頷くと、それぞれの担当の仕事へと戻っていった。


 ――若干は気になる幕引きだったけれど、うだうだと気にしていても事務に差し障りがあるだけだ。今はとにかく、ゴールを見据え仕事仕事、と。


 大石は、気持ちを切り替え、腕を捲ると、投票日当日に投票所で使うパソコンの最終調整に取り掛かった。

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