第五章 火蓋は切って落とされた

第16話 期日前投票

 告示日翌日の月曜日、朝八時二十分。間もなく始まる期日前投票を前に、大石たちは最後の打ち合わせをしていた。

 投票用紙を確認し、指名等掲示も念入りに最終チェックを行った。投票管理者、投票立会人、投票事務を委託しているシルバー人材センターの会員たちに説明を行い、あとは八時半の会場宣言を待つのみとなった。

 大石は、武者震いが出た。気負いすぎてると大石自身も思っていたが、構うもんか。やってやる。


 ――いよいよだ。投票が、始まる。


 受話器を取り、外部スピーカーに切り替えると、『一一七』をダイヤルした。スピーカーから時報が流れてきた。会場宣言を定刻ちょうどに合わせるため、電話の時報サービスを利用するのだ。


『午前、八時、三十分を、お知らせします――』


 ――よし、時間だ!


 大石は、流れるアナウンスに合わせ、投票管理者に指示を送った。


「只今より、古島市議会議員選挙、期日前投票を開始いたします」


 投票管理者は大きな声で宣言をし、振鈴を大きく鳴り響かせた。静まり返っていた会場にけたたましく鳴る鈴の音に、大石は身の引き締まる思いを感じた。

 振鈴と同時に会場の入口が開かれ、有権者が入場して来た。入ってきたのは一人、おそらく空虚確認を楽しみにしていた者に違いない。

 受付・名簿対照係で、間違いなく古島市の有権者であると確認し終えると、投票管理者および投票立会人とともに、有権者は投票箱の中に何も入っていない状態をしっかりと確認した。

 確認が終わると、速やかに施錠され、投票箱の鍵は封筒に入れられて封印された。あわせて、庶務を受け持つ職員は、空虚確認をした有権者を投票録に記録した。


「何とか無事に、期日前投票開場まで来ましたね」


 時報を鳴らしていた受話器を戻し、大石は傍らの小笠原を振り向いた。小笠原も安堵の表情を浮かべていた。一度流れ始めれば、あとはスムーズに行くものだ。何事も、開始前後が一番緊張する。

 空虚確認を終えた投票管理者、投票立会人は席に着席した。期日前投票初日は、まだまだ来場者が疎らだった。国政選挙のような注目度の高い選挙であっても、期日前投票の前半は、来場者がほとんどいない時間も多い。ひどい時には、一時間に一人すらも来ない場合もあった。公職選挙法で定めている期間は開けざるを得ないため、悩ましいところではあった。

 よく、市民からの投書で、人も来ないのに投票所を開けておくのは無駄だと指摘される。大石も、もっともだと思う。だが、法律の壁には敵わない。

 同じく、投票管理者、投票立会人について、椅子に座っているだけで無駄じゃないかとの意見も貰う。投票管理者、投票立会人も、やはり公職選挙法に必要な人数の定めがあり、選管で勝手にどうこうはできなかった。

 投票管理者は、投票所運営の最高責任者とされており、また、投票立会人は、有権者の公益代表として、投票に不正等がないかを立ち会う任務を受け持っていた。一般の人には無駄に見えるかもしれないが、必要な面々であった。

 順調に流れている投票風景を確認した大石は、事務局へ戻り、開票に向けての準備を始めた。開票作業をいかに早く終わらせるか、しっかりとレールを敷く必要があった。


 ――選挙は準備で七割方は決まる、か……。


 天野からよく聞かされた事前準備の重要性について、頭の中で反芻した。

 手落ちがあってはいけない。あらかじめ、やれる仕事はきちんとやっておくのだ。

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