第7話 選挙管理委員会
大石は、議事を書き取るためのメモ用紙を取り出して、長谷川の委員会開会宣言を待った。委員会の議事録を作成するのは、大石の担当だった。
「それでは、定刻になりましたので、選挙管理委員会を開催いたします」
長谷川は開会宣言をすると、手元に配布されている日程に沿って、議事を進めた。
「議案第六号、平成二十三年三月定時登録における永久選挙人名簿の登録および抹消について、事務局の説明を求めます」
「それでは説明させていただきます。議案第六号、平成二十三年三月――」
長谷川の振りに応え、児玉が議案の説明を始めた。
三月二日、今日は年四回の定時登録の日だった。長谷川委員長をはじめ、選管委員四人と、事務局側も天野以下全員が出席していた。
大石は、メモ用紙に会議の要旨を走り書きしていった。大事な点を聞き漏らさないようにと、緊張に、ペンを持つ手がじっとりと汗ばんだ。メモにもまずまず慣れてきたとはいえ、気が詰まる思いは変わらない。
今日の議案は数の承認のみなので、質疑もなく淡々と議事は進んでいった。
十五分ほどですべての議事について承認され、委員会は閉会した。
通常であれば解散になる流れだったが、今日は違う。
――局長、櫛山の件は、いつ切り出すんだろう。
大石は、深く椅子に腰を掛けている天野に視線を送った。櫛山の件を報告しないのかと、訝しがった。
「委員長、ちょっと、よろしいですか」
天野は腰を上げると、席を立とうとする長谷川に耳打ちをした。どうやら、櫛山について、報告をするつもりなのだろう。まだ、委員たちは櫛山とのトラブルの件を知らなかった。
「委員の皆様も、少しお時間をください」
委員たちは頷くと、上げかけた腰を静かに戻した。委員会室はすっかり静まり返っている。一同、天野に注目し、二の句を待っていた。
大石も、天野の顔を凝視すると、語り始めるのを待った。
天野は選管委員四人をさっと見やると、軽く咳払いをする。
「実は、立候補予定者説明会に来ていた、ニット帽の男なんですけれど……」
「あの、一人だけ場違いな服装をしていた男性ですか? 最後に質問をしていた方ですよね」
長谷川が確認をすると、天野は頷いた。
「説明会の翌日、男――櫛山さんというんですが、いろいろとトラブルがありまして」
水を打ったような委員会室に、天野の声が響きわたった。
「詳細は、児玉から説明させます」
天野は、隣席の児玉に目配せをし、着席をした。児玉は頷くと、櫛山とのやり取りについて、掻い摘んで説明をした。
「認めるのが困難と思われる通称を、認めるように強く迫ってきた、という話ですか」
長谷川の質問に、児玉は首肯した。
「都選管の話ですと、どうやら都内あちこちで、同じような問題を起こしてきた方らしいんです。古島市議選が無投票で続いてきたところに目をつけてきたのではないかと思われます」
児玉は一呼吸入れ、視線を動かしながら委員たちの反応を確かめているようだった。
大石も委員たちに視線を送ると、委員一同が困惑の色を浮かべている様子が、よくわかった。
大石自身も、無理と思われる通称認定を無理やり認めさせようと迫ってきた櫛山の奇異な姿に、普通じゃない狂気を感じ戸惑った。委員たちの反応には首肯できる。
「通称認定を断ると、激しく怒り出しまして、困ったことに、どうやら話が通じる方ではなさそうなんです」
委員の一人の生唾を飲み込む音が響いた。四十年間ずーっと無投票の市議選に振って湧いた対抗馬、しかもいわく付の男だ。委員たちも、胸を突かれたかのような衝撃を感じているに違いなかった。
事務を執る大石自身も、市議選はどうせ無投票だろうと高を括っていた面があったのは否めない。ましてや、委員たちについては、なおさらであろう。
「今後の方針なのですが――」
天野は一旦、言葉を飲み込むと、一つ大きく息を吐き出した。
「委員の皆様の、ご意見をお聞かせ願えませんか」
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