恋とは尊くあさましい
日向撫子
特別な被写体
「レイカ、綺麗だよ」
シャッターを切りながら言っても、それはレイカを盛り上げることしかできない。本当の気持ちを伝えるには何の効力もない、歯がゆいだけの言葉。
レイカを被写体にして写真を撮ることは唯一の特権だ。モデル志望のレイカは撮る側の要望にならなんでも答えた。
「草地に寝転がって」「カメラを睨んで」「スカートの裾をたくし上げて」
人物写真を撮影する趣味とレイカへの気持ちが交差し、ありのままの欲求をぶつけてシャッターを切る。ひかれてしまわないかという不安は少しあるけれど、レイカはいつも何も言わずに聞き入れてくれる。
少し前に、レイカを撮影した写真でコンテストの賞をもらった。その美貌も、ふとした色気もあどけなさも、唯一無二の存在で特別な被写体。レイカを撮影できることは、きっとカメラマンにとっては幸せなことだ。
けれど、レイカを撮影していくうちにいつしか生まれてはいけない感情が胸のうちに潜んでいた。レンズの向こうにいるレイカにいつも言うみたいに伝えられればいいのに、それができない。レイカは自分にとってただ特別なだけの被写体でいることしかできないから。違う。臆病だから。ううん、それだけじゃない。
「今日は風がきもちいね、アヤノちゃん。」
学校の屋上に吹く風に揺れる髪、優しく微笑む整った小さな顔、まっすぐに伸びた細長い手足。レイカの全てを自分の腕で包み込めたならどれだけ幸せなのだろう。動作だけなら簡単なことだ。心までは、そううまくはいかないだろう。
私たちはカメラマンと被写体。女と女。
恋心は必要ない。ただ普通に撮って、普通に話すだけ。
過度なスキンシップも無駄な愛の言葉も要らない。
愛しさともどかしさを写真一枚一枚に込めて、
「レイカ、今日も綺麗だよ」
重たい気持ちを乗せた軽い言葉を、ただ重ねるだけだ。
レイカを求める私の心は喉元から出て、風が奪い去る。
恋とは尊くあさましい 日向撫子 @gabriel_9
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