第32話 妖精さん達の外出

 キャンプから帰って数日、いつもの日常が戻ってきたかに見えましたが、そうはいかない様です。

 居候が増えましたから。

 そうです、美夏ちゃんです。

 

 はい、私の部屋が物凄く狭く感じます。

 ただでさえ、妖精さんがいっぱい居る部屋なのに、一人増えるだけでもすっごい圧迫感があります。

 だって、ワンルームですし。

 

 それで美夏ちゃんと言えば、ず~と私の部屋で引き籠ってます。

 今までとは真逆の様子に、私が戸惑うくらいです。


「美夏ちゃん、私の部屋って居心地が良いの?」

「うん。僕は家に居るって事が、ほどんど無かったからね。新鮮だし楽しいよ!」

「あっそ。でも、あんまり騒がないでね。迷惑かけちゃうから」

「迷惑って、どうせ隣は裕子でしょ!」

「いや、住人は裕子ちゃんだけじゃないし!」

「そうなの? わかったよ」


 そう言いつつ、美夏ちゃんはモグと戯れてます。

 ちゃんとわかってくれたんでしょうか?


 まぁ、お隣の裕子ちゃんはキャンプから帰って早々に、別の場所に旅に出ました。

 暫く帰らないそうです。

 大学は良いの? って思いたくなります。 

 暫くは、裕子ちゃんに振り回される事がなさそうですが、何だか寂しいですね。

 だって、裕子ちゃんと一緒に食事するのが、当たり前になってましたから。

 

 裕子ちゃんの事を好きなのかって?

 いつまでそのネタを引っ張るんですか?

 好きですよ、友達として。

 勘違いしないで下さいよ、百合とかじゃないですからっ!

 ぜ~ったいですから!

 

「そう言いつつ、裕子に惹かれている事を自覚するのであった。それは淡い恋の始まり。やがて二人は」

「って、変なナレーションは止めてよ美夏ちゃん!」

「いやいや。裕子を思って遠くを見ている姿は、けっこう乙女だったよ」

「そんな事してないから。勘違いだから!」

「はっはっは~! そう言う事にしといてあげるね」


 お馬鹿なのです、美夏ちゃんは。

 気にしちゃ駄目です。

 きっと多感なお年頃なのです。


 まぁ何だかんだで平和な日常ですよ。

 妖精さん達がいて、子猫達がはしゃいでいて。

 騒がしくも楽しい日常ってやつですね。

 

 ですがある日の朝です。

 私が目を覚ました時に、部屋から妖精さん達の気配がない事に気が付きました。

 普段なら、私が起きる頃を見計らって、お料理の妖精さんが朝ごはんを作っており、美味しい匂いが漂ってきます。

 それと音楽の妖精さんが奏でる、目覚めのメロディーも聴こえます。

 お掃除の妖精さんが、ばたばた音を立てて掃除をしているのもわかります。

 

 目を閉じていても、感じる日常の匂いや音が、その日は無かったんです。

 はっと起き上がった私は、部屋の中を見渡しました。

 部屋の中には、床でごろ寝している美夏ちゃんと、丸まって寝ているモグ達の姿しかありませんでした。


 私は暫く言葉を失ってました。

 今まで、妖精さんが私から離れた事は、一度たりとも有りません。

 勝手にどこか行くとしても、誰かしらが傍に居てくれました。

 みんなで、私から離れる事が無かったのです。


 あっけにとられて、私は呆然としてました。

 何が起きたか理解できない、そんな感じです。

 

「あ~、お腹空いたよ。あれ? 誰も居ないね! どこ行ったのかな? ねぇご飯は?」


 美夏ちゃんが何か言っているのが聞こえます。

 でも、私は気が動転してそれどころではありません。

 

「ちょっと、どうしたの? 顔が真っ青だよ大丈夫?」


 美夏ちゃんに揺らされてる感覚が有ります。

 きっと大丈夫ではありません。

 顔が真っ青とか、良くわかりません。

 

 何をどうしたら良いのか、全くわからないんです。

 ずっと居たんです。

 妖精さん達は、ずっと私と居てくれたんです。

 居なくなるなんて、考えた事も無かったです。

 どうしたら良いのか、わからないんです。

 

 気が付いたら、私は泣いてました。

 涙が止まりませんでした。

 すっごく不安で、すっごく寂しくて、すっごく切なくて。

 何が何だかわからずに、ただ気が動転している。

 そんな感じなのでしょう。

 

 ご飯が出てこないとか、お掃除どうしようとか、そんな事じゃないんです。

 いつも一緒に居るのが当然であった存在が、急に消えた事が問題なんです。

 

「見えなくなったのかな?」

 

 暫く時間が経って、やっと私が言えた言葉はそれでした。


「違うんじゃない? それなら、僕も一緒に見えなくなったって事だもん。もちろん子猫達にもね」

「だって!」

「それより、顔を洗ってきたら。こんなに泣きはらしちゃって」


 そう言うと、美夏ちゃんが私の頭をギュってしてくれました。

 また、ちょっと泣いちゃいましたけど、少し気分が落ち着いてきました。

 女の子の胸って柔らかくて、落ち着きますね。

 私だとそうはいかないかもしれません。


 顔を洗った私は、美夏ちゃんの提案で朝食を作る事にしました。

 私だって、ただ漫然とお料理の妖精さんと過ごしてきた訳ではありません。

 コツみたいなのを教わってきたんです。

 やれるはずなんです。

 こんな時こそ、食べて元気出さないと。

 

 お味噌汁とご飯に卵焼き、それとお料理の妖精さんが漬けてくれたお漬物、それが今朝の朝食です。

 正直、お漬物が一番おいしかったです。


「良いんじゃない? 充分おいしいよ!」

「美夏ちゃんは、何食べてもおいしいって言うし。野生児だし」

「あはは、野生児は否定しないけどね」


 私はちゃんと見てました。

 美夏ちゃんが、お漬物だけでご飯を三杯食べていたのを。

 説得力が皆無です。


「所でどうするの?」

「どうするのって、探しに行くよ」

「大学は?」

「今日は休むよ。そんな気分じゃないし」

「じゃあ、僕も手伝うよ!」

「美夏ちゃんは留守番していて。二次遭難が怖いし」

「流石に酷いよ!」 

「モグ達の世話もあるしね。まだ小さいから放っておけないんだよ」

「わかったよ。じゃあ、この子たちと遊んで待ってるね。お昼は勝手に作って食べるから」


 モグを抱き上げる美夏ちゃん、遊ぶ気満々です。

 朝食を食べたら、支度をして私は外に出ました。

 近くのスーパーから、築地や公園に図書館など、今まで妖精さん達と行った所を、くまなく探しました。

 丸一日かけて、東京中を探して回りましたけど、見つける事は出来ませんでした。

 バイトも休んで、夜まで探しましたけど、妖精さんの足取りはわかりませんでした。

 

 妖精さん達はどこに行ったんでしょう。

 それとも、見えなくなっただけで、私の傍に居るんでしょうか?

 まさか、今までの事が夢だった?

 

 急に、私の中に不安が過ります。

 本当に夢だったら、何もかもが全部夢だったら。

 私は気が付いたら走っていました。

 

 アパートに辿り着くと、部屋には明かりが点いています。

 もしかしてと思った私は、部屋のドアを勢いよく開けました。

 ですが、妖精さん達の姿はありませんでした。


「お帰り~!」


 美夏ちゃんが顔を見せてくれます。

 私は慌てて美夏ちゃんに詰め寄りました。


「妖精さんは?」

「居ないよ」

「もしかして夢なの? 妖精さんは夢だったの?」

「ハハハ。何をおかしなこと言ってんの? 夢な訳ないっしょ」

「だって、急に居なくなるなんておかしいよ。見えなくなっちゃったの?」

「心配しなくても、その内に帰って来るんじゃない?」

「呑気な事を言わないでよ、美夏ちゃん!」


 私はつい声を荒げてました。

 そんな私を美夏ちゃんは、笑って頭を撫でてくれました。


「なんも心配ないっしょ。待ってれ。帰って来んべ」

「なしてさ、心配じゃなんかい?」

「なしてもないっしょ。あんた一日かけて探したっしょ。見つかったんかい?」


 私は言葉が出ませんでした。


「したら待ってればいいしょや。なんぼあんたがけっぱっても、どうにもならんさ」

「美夏ちゃん、反則っしょ」


 美夏ちゃんの懐かしい方言で、少しホッとしたのを感じます。


「僕なんか、モグにかっちゃかれて、わやだわ」

「もう良いよ美夏ちゃん。ありがと」


 結局、その日は夕食を食べて寝ました。

 目が覚めたら、妖精さんが戻ってると良いなと思って。

 ですが、妖精さんは翌日も帰って来ませんでした。


 一日、二日と過ぎても、妖精さんは帰って来ません。

 美夏ちゃんは、心配するなって言いますけど、私はそう簡単にいきません。


 しかし、いつまでもさぼる訳にはいきません。

 私は、妖精さん達が居なくなった次の日から、大学とバイトに行きました。

 家事は美夏ちゃんと共同で行いました。

 不安でたまらない日々が続きます。


 そして、三日目の夜です。

 美夏ちゃんと夕食を食べている時の事でした。


「よかったね」


 私に笑いかける美夏ちゃん。

 振り向いた私の視界には、妖精さん達が勢揃いしてる姿が映ります。


「何も言わずに何処に行ってたの? 心配するじゃない!」


 私が叫ぶと妖精さん達は、私に抱き着いてくれました。

 訳を聞くと、妖精さん達は集会に出ていたそうです。

 内容は秘密だそうです。

 因みに、美夏ちゃんは妖精さん達が出かける事を、サバイバルの妖精さんから聞いていたそうです。


「それなら、最初から言ってくれれば良いじゃない!」

「だから、帰ってくるって言ったよ」


 あぁ、はい。

 そういえば、帰って来るから待ってろとは、言ってましたね。

 それにしても、伝え方ってものがあると思うんですが。

 動揺しまくってた私に、伝わるかどうかは別として。


 とにかく、妖精さん達が帰ってきて、すごくホッとしました。

 なんにしても、いつもの日常が一番です。

 改めてそんな事を感じさせられた、数日の出来事でした。

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