第25話 失われし時の中で
逢いたい人は、居ますか?
誰に逢いたいですか?
その人に、何を伝えたいですか?
感謝の言葉ですか?
謝罪の言葉ですか?
ちょうど一年間の夏に、おばあちゃんが息を引き取りました。
八十八歳の生涯で、最後は大往生だったそうです。
棺桶の中で、花と共に眠る安らかな笑顔のおばあちゃんを、私は一生忘れないと思います。
おばあちゃんには、感謝してもし足りないです。
おばあちゃんに、ありがとうと伝えられなかったのは、今でも心残りです。
もし、もう一度逢えるなら、おばあちゃんに、ありがとうって伝えたいです。
無理なのはわかってますよ。
でもね・・・
私がおばあちゃんと、最後に話しをしたのは、入学の為に上京する時でした。
空港のロビーで少し緊張する私を、おばあちゃんは柔らかい笑顔で、見送ってくれました。
あの笑顔が、上京する私に勇気を与えてくれました。
いつもおばあちゃんは、優しくしてくれました。
妖精さんが見える私は、変な子扱いされて、友達が余り出来ませんでした。
そんな時に、私の遊び相手になってくれたのは、大抵おばあちゃんでした。
両親が共働きで、日中は留守にしがちなので、いつもおばあちゃんが私と居てくれました。
おばあちゃんは、私に色んな話を聞かせてくれました。
おばあちゃんは、私に色んな事を教えてくれました。
テストで百点を取った時は、自分の事の様に喜んでくれました。
家の手伝いをした時は、頭を撫でてくれました。
妖精さんの話しをしても、馬鹿にしなかったのは、おばあちゃんでした。
私が、卑屈にならずに済んだのは、おばあちゃんのおかげだと思います。
「もう一度、おばあちゃんに逢いたいな」
私だって、馬鹿じゃないです。
そんな事を言っても無駄なんです。
死んだ人は蘇らないし、私に霊能力なんてないです。
いたこみたいな能力もありませんし。
「同胞が世話になっている。其方の願いを叶えよう。彼の者の失われし時を、いま一度繋げよう」
頭の中に言葉が聞こえた瞬間、私は光に包まれました。
私は眩しくて目を閉じます。
目を開けると、ただ真っ白な空間でした。
どこまで続いているのかも全くわからない、終わりの無い様な空間に、私は一人でポツンと立ってます。
何が起きたのか。
ここがどこなのか。
聞こえた声は、何なのか。
何て言うんですかこれ、白昼夢?
何度も目をしぱしぱさせていると、ふと私の前に人影が現れました。
懐かしい笑顔に、私は少し言葉を失いました。
「元気そうだべな。めんこくなったべや」
「へっ・・・、おばあちゃん?」
「ばあちゃんさ。忘れたんかい?」
「おばあちゃん、おばあちゃん!」
私は思わず、おばあちゃんに飛びついて、泣いてしまいました。
「な~した? そんな泣いて。あんたいっつも泣いとったね~。変わらんね~」
「したって、おばあちゃん」
余りの事に、私は涙を止める事は出来ません。
おばあちゃんは、そんな私をぎゅっと抱きしめてくれました。
言いたい事はいっぱいあるのに、胸が詰まって言葉になりません。
ただ、涙だけが止めどなく溢れて来ます。
私が落着くまでずっと、おばあちゃんは抱きしめてくれました。
それから私は、おばあちゃんに色んな事を話しました。
妖精さんの事、裕子ちゃんの事、大学の事、バイトの事。
おばあちゃんは笑顔で頷いて、私の話しを聞いてくれました。
どれくらいの時間が経ったかわかりません。
気が付くとおばあちゃんの姿は、薄くなってきました。
「したっけ、時間だべな」
「やだよ、おばあちゃん。行かないで」
「そったらこと言うんでない」
「したって」
徐々に薄くなるおばあちゃんは、それでも私の頭を撫でてくれます。
「あんたん事は、いっつも見守ってるべさ」
優しい手つきが私の心を、温めてくれます。
「おばあちゃん、ありがとう。いっつもいっつも、ありがとう」
涙でおばあちゃんの姿がぼやけます。
「なんも、なんも」
最後にそれだけ言って、おばあちゃんは消えていきました。
私の涙は止まりません。
「おばあちゃん。本当にありがとう」
やがて光が溢れて、白い空間が消えていきます。
気がついた時には、私は元に居た場所へ戻っていました。
あの手の感触が、夢だったとは思えません。
あの笑顔が、まやかしだったと思えません。
おばあちゃんは、見守ってくれるって言ってました。
多分、おばあちゃんが望んでいるのは、泣いている私では無いでしょう。
私は、涙を拭いました。
そして、笑顔を作ります。
「おばあちゃん。私は元気だよ。だから、安心してね」
おばあちゃんが心配しない様に、元気で居よう。
そう私は心に誓います。
そして今度の夏休みには、お墓参りに行って、おばあちゃんに報告するんです。
楽しい報告を、いっぱい。
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