第22話 さあ、お花見だ!

 朝から満員電車に乗って、大学で講義を受けてから、夕方からアルバイトに行きました。

 いつもの会計事務所で、入力作業や書類整理などを数時間ほど行って、疲れて家に戻ると、なぜか裕子ちゃんが、私の部屋の前で待ち構えてました。


「あんた、今日バイトだったの? 待ってたんだよ」


 この子、まさか外で待ってたなんて事、ないでしょうね。


「まだ夜は寒いわね。早く部屋に入ろうよ」

「裕子ちゃん。自分の部屋は隣なんだし、勝手に戻れば良いじゃない」

「グチグチとうるさい子ね。早く鍵を開けなさいよ。それか合鍵を渡しなさい」


 この子って、本当に何を言っているのでしょう。

 合鍵なんて渡したら、居座られるに決まってるじゃないですか。

 いやですよ。

 結局、裕子ちゃんを自宅に上げてしまう私って、甘々さんですね。


 鍵を開けると、ペチとミィがお出迎えしてくれます。

 ニャーって鳴いて、もう。

 かわいいったらないですね。


 子猫たちの後を着いて回るお掃除の妖精さんは、もう見慣れた光景になりました。

 お料理の妖精さんは、私が帰ると同時に料理の支度を始めます。

 音楽の妖精さんが、ヒーリング音楽を奏でてくれます。

 ここまでだけ見れば、どこのお嬢様って感じの、至れり尽くせり感です。


 だけど机の上では、お勉強の妖精さんが、手招きをしています。

 おぅ、まだ頑張れと言うんですね。

 妖精さんには、モテモテの私です。


 裕子ちゃんといえば、すやすや寝ているモグを押しやって、ずかっと床に座ります。

 モグは不満そうに、シャーって鳴いて、窓際に去って行きました。

 モグ、可哀そうに。だから裕子ちゃんは、いまだに子猫に好かれないんですよ。


「あんた、今週末は暇よね」

「暇じゃないよ。勉強するんだもん」

「それは、暇だっていうのよ。決まりね、お花見をするわよ」


 裕子ちゃんって、どっかの武くんみたいですね。

 ガキ大将ですね。

 天下無敵さんですね。

 夕食をガツガツ食べて、おなかを擦りながら、自分の部屋に戻っていきました。

 べつに、いいですけど。食材の調達は、ほとんど裕子ちゃんですし。


 私が気が付いてないだけで、実は既に事件は始まっていたんです。

 ひと際目を輝かせている妖精さんが、この部屋の中にいたんです。


 当日の朝に、目を覚ましたのは、呼び鈴の音でした。

 ドアを開けると、薄汚れた格好の美夏ちゃんが立ってました。

 事情を聞くと、あれからずっといろいろな山を登り、サバイバルをしながら生活していたそうです。

 ドン引きするくらいの、脳筋さんです。


 仕方なく、服を引っぺがして洗濯機に入れ、美夏ちゃんを浴室に放り込みました。

 もちろん、火と水の妖精さんにお願いして、お湯は張ってあります。

 美夏ちゃんは、ふぃ~ってのんきな声を上げながら、お風呂でくつろいでいます。

 困った子ですよ、本当に。


 私が起きたのを見計らって、お料理の妖精さんが、お花見弁当を作り始めます。

 匂いに釣られたのか、裕子ちゃんが起きて来ました。


「あ~。おなか空いた~。あれ、美夏じゃない。来てたの?」


 裸で私の部屋をウロチョロする美夏ちゃんに、服を着せようを私が悪戦苦闘している所に、裕子ちゃんはのんきな事を言ってます。


「美夏ってば、ずいぶんと野生化してるわね」

「裕子ちゃん、そう思うなら手伝ってよ。美夏ちゃん、服を着ないんだよ。完全なやせい児だよ」


 結局、すっごく時間がかかりましたけど、美夏ちゃんに服を着せました。

 これだけで、もうへとへとになりました。

 軽く朝食を済ませて、出発したかったんですが。

 裕子ちゃんと美夏ちゃんは、モリモリと朝食を食べてます。


「この子たちって、何を作ってるの? お弁当? どこに行くの? ぼくも行きたいな?」

「美夏。あんたも来なさい。お花見よ」

「いいね、お花見か~。楽しみだね」


 あなたたちの目的は、桜よりお弁当だよね、きっと。

 こういう時に、行動力の有る裕子ちゃんは、頼もしいんです。

 前の日から、レンタカーを借りて有りました。

 お弁当も完成しましたし、いざ出発。


 今日の目的地は、昭和記念公園だそうです。

 のんびりピクニックだそうです。

 たまには、そんなのも良いよねなんて、思っていた時期が私にもありました。


 だけど、私はまだ気が付いてなかったんです。

 裕子ちゃんは、桜の開花時期なんて、気にもかけてませんでした。

 なぜなら、お花のスペシャリストが居るのを、裕子ちゃんは知っているからです。

 公園に着いて、シートを引いてから、裕子ちゃんは言いました。


「枯れ木に花を咲かせましょう!」


 私の方をちらちら見る裕子ちゃん。

 何を考えているのかと思った瞬間でした。

 お花の妖精さんが、私の後ろからヒョコっと顔を出し、桜をはじめ、さまざまな花を咲かせてしまいました。

 姉さん、事件です。


 時期外れの花が咲き乱れる異常事態に、職員さんたちは大騒ぎ。

 お客さん達は、大はしゃぎ。

 そんな中で、私たちはお弁当を広げました。


 私は気が気じゃなくて、お弁当が喉を通りません。

 そもそも朝食を食べてから、そんなに時間が経過してませんし。

 だけど、裕子ちゃんと美夏ちゃんは、ただ者じゃありません。

 ほとんど二人で、お弁当を食べ尽くしました。


「満開の花に囲まれて食事するのは、良いよね。ぼくは好きだなぁ」

「それより何よこれ、美味しすぎ!」

「ねぇ、二人とも。この騒ぎが気にならないの?」

「ぼくは別に気にならないよ」

「そんな事より、あんたも食べて見なよ」


 無理ですよ。

 穴があったら入りたいですよ。


 でもね、はしゃいでいるのは、人間だけじゃないんです。

 満開の桜の下で、妖精さん達が輪になって踊ってます。

 美夏ちゃんにくっ付いていった、サバイバルの妖精さんも加わって、いやし空間が作られています。

 なんだか、見た事がない妖精さんも居る気がする。

 でも、かわいさ満点だから、いっか。

 あなたたちだけだよ、私のいやしは。

 ちょっと、現実逃避する私です。


 私を現実に戻してくれたのは、夕方のニュースでした。

 Twitterもすごい事になってたみたいです。

 もう、二度と裕子ちゃんとはお花見に行かないぞ。

 そう心に決める、私でした。

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